意思決定はなぜ歪んでしまうのか。私たち人間の本質から読み解くのが「行動経済学」である。ファイナンスの大家で、ダイヤモンド・オンラインの連載でもおなじみの真壁昭夫教授による入門書『行動経済学入門』の一部を紹介する。第3回。

 

コミットメントが意思決定を歪める――認知的不協和

 コミットメントが強ければ強いほど、見込みと違う場面が訪れたときに心の中に不協和が渦巻く。この「認知的不協和」によって、結果として合理的な意思決定ができなくなってしまう。

「認知的不協和(Cognitive Dissonance)」という言葉がある。これは、自分の考えや前提としていた条件が間違っていたことを示す証拠に直面したとき、私たちが感じる心理的な葛藤のことを指す。このような葛藤に直面したとき、時に信じられないほどの自己否定の感情に苛まれることがある。そこで私たちは、このストレスを緩和するために、あるいは逃れるために心理的な処置を行う。認知的不協和の前提は、人は心理的対立を不愉快に感じると、その認識の対立をできるだけ速やかに解決したいと希望する、というところにある。

 人は不協和が起こると、自己否定を行わなくて済むように、原因となった個別の認知内容を操作する。有り体に言えば、自分の考え方や、すでに下した判断が正しかったと思うために、詭弁を弄して、自分の心をごまかすのだ。

 簡単な例を挙げてみよう。お昼に〝お寿司〟と〝天ぷら〟のどちらにしようかと悩んだ結果、天ぷらを選択する、というケースなどがちょうどいいかもしれない。

 このケースでは、すでに「天ぷらを選ぶ」という意思決定を行っているため、その決定にマイナスとなる情報や認知は、心の中で不快感(=心理的葛藤、不協和)を引き起こす。この不協和を回避するために、私たちは、自分が行った意思決定をサポートするような要素や情報を探す。たとえば、選択しなかったことに関するポジティブな情報を、ネガティブなものへと変化させたりする。「お寿司は新鮮で美味しいもの」という要素は、「魚特有の生臭さがあるかもしれない」という表現に置き換えられることになる。状況によっては認知内容の変化にとどまらず、自分自身の考えと対立する情報を無視することもできる。

 認知的不協和は、自分自身が重要と考え、注意を向けた対象にのみ関係し、意思決定の対象でないものには不協和は発生しない。たとえば、天ぷらがカラッと揚がっておいしそうに見えるということと、料理人が太っているか痩せているかということとは関わりがない。