エスノグラフィーが顧客の真の姿を描き出す

 2006年、欧州屈指のビール会社(仮にビアコと呼ぶ)はバーやパブでの売上減少に直面した。精力的な市場調査と競合他社分析を行ったが、原因はわからなかった。

 同社の中核商品である定番のラガー・ビールは愛好者も多く、販売店での売上げは上向きだった。しかし、なぜかバーでは売れない。バーでは何かが足りないのだ。積極的な販促活動も実施したものの、効果はなかった。

 何が問題だったのだろうか。

 従来型の市場調査をやり尽くしたビアコは、社会人類学者の一団に原因究明を任せ、イギリスとフィンランドで十数カ所のバーを実地調査してくるよう依頼した。社会人類学者はこのプロジェクトに対し、まるでボルネオの未知の部族を調査するかのような取り組み方をした。日々バーに浸り切ったのである。

 何を発見することになるのかいっさい仮説を立てずに、ただ純粋にバーのオーナーやスタッフ、常連客らをひたすら観察した。そして、エスノグラフィー情報が詰まった150時間に及ぶ動画、数千枚の写真、数百ページの観察記録を持ち帰ってきた。続く数週間、ビアコのマネジャーたちは、社会人類学者とともにこの生データをふるいにかけ、切り口を探した。

 そのうち、いくつかのパターンが見えてきた。ビアコは、コースターやステッカー、Tシャツその他もろもろの自社の販促グッズは、バーのオーナーから重宝されていると思っていたのだが、実際にはあまり使われていなかった。使われないのはましなほうで、下手すると物笑いの種にされていた(あるバーでは、ビアコの販促グッズが戸棚にぎゅうぎゅうに押し込まれ「ガラクタ入れ」と張り紙されていた)。

 さらに、ウエイトレスはバーの仕事に対し「逃げ場がない」という追い詰められた気持ちを抱いており、色っぽく振る舞わなければならない(自分たちでは「ホット・パンツを穿く」と呼んでいた)ことに怒りを覚えていた。そのうえ、彼女たちはビアコの商品についてほとんど何も知らず、ましてや知ろうともしなかった。それでも、バーのオーナーやウエイトレスたちはビアコにとって主要な販売チャネルだった。

 こうした点やその他の発見により、ビアコはバーやパブに対する方針を大きく変えることにした。画一的でお仕着せの販促グッズで攻勢をかけるのをやめ、バーとそのオーナーのタイプに合わせてグッズをカスタマイズし始めたのだ。

 ビアコは自社の販売員に、それぞれのバーのオーナーをよりよく理解できるよう研修を行い、またオーナーが販促キャンペーンをする時に役立つようなツールを考案した。同社はウエイターやウエイトレスを対象に彼らの職場で「教室」を開き、ビアコのブランドについて教え込んだ。そして、深夜まで働く場合にはタクシー・サービスを提供することでウエイトレスを味方につけた。2年後、バーやパブでのビアコの売上げは回復し、販売量も市場シェアも成長を続けている。

デジタル・データでは
顧客の行動原理を説明できない

 産業界のほとんどの人は、人文科学(人類学、社会学、政治学、および哲学)を学者の世界のものだと考えている。そう見なすのも当然だ。これらの分野で学者が上げる成果は難解であり、彼らがもたらすインサイトが実際のビジネスで具体的に役立ちそうなケースはほとんどないからだ。

 だが、いまこの点が急速に変わりつつある。ある手法の登場により、企業が人文科学の成果を利用することが劇的に具体化してきているのだ。この新たな手法は、インテルやIBM、サムスンといった技術系企業の研究所、アディダスやレゴ、プロクター・アンド・ギャンブルといった巨大な消費財企業のマーケティング部門、ノボノルディスクやファイザーといった世界的ヘルスケア企業、さらには産業界のリーダーや、我々のように文系と理系の知識を組み合わせる新種のコンサルタントの思考や文章などにも、次々と採用されている。

 最近、IBMが1500人のCEOを対象に行った世界規模の調査によると、CEOが直面している最も困難な課題はいわゆる「複雑性ギャップ」[注]だという。10人中8人のCEOは将来の事業環境がいっそう複雑になると予想しているが、その変化へ対応する準備ができていると答えたCEOは半分もいなかった。

 またこの調査では、複雑性の高まりに対応するために自社に最も足りないものは、「顧客に関するインサイト」であるとCEOが考えていることも明らかになった。CEOたちは、経営判断に関わる仕事のなかでも、圧倒的にいちばん大事なのは顧客に関するインサイトを得ることであり、「顧客満足への執着」がリーダーシップにおける最重要の特性だとしているのだ。

 いまや、多くの企業がビッグデータとアナリティクスのおかげで強力になった顧客調査に頼るようになっている。たしかにこの手法を使えば、自社市場の一部の側面については驚くほど詳細に見えてくる。しかしその像は完璧にはほど遠く、誤解の元になることも多いのだ。なるほど、顧客が次にどこをクリックするか、何を購入するかは予想できるようになるかもしれない。しかし定量データをどれほど積み上げても、その顧客が「なぜ」クリックしたのか、「なぜ」購入したのかは明らかにできない。その「なぜ」をつかむことができなければ、企業は前述の複雑性ギャップを埋められない。

 顧客を0と1のデジタル・データに変換することを急ぐあまり、マーケターやストラテジストは、顧客の人間的な要素を見落としている。結局のところ顧客は人間である。非合理なことは珍しくないし、時には自分自身にすらよくわからない動機に突き動かされることもある。それにもかかわらず、大半のマーケターは、自分たちの組織文化と経営陣の偏見、そして(最近は特に)大量だが不完全なデータの洪水を基にした、顧客の行動に関する推論にしがみついている。

 人文科学の手法では、これとは根本的に異なるやり方で顧客を理解しようとする。まず、顧客の行動の根源をよく調べることから始める。顧客の行動とは、外からは見えないその人の精神世界と、その人を取り巻く社会・文化・物質世界との間に生まれる複雑な相互作用である。従来型のビジネス・ツールではとらえ切れなかったインサイトを求めて、そこを深掘りするのだ。

 我々が「センス・メイキング」(意味付け)と呼ぶ、この非線形プロセスによって、顧客の行動を解き明かす動機──それもとらえにくく、顧客本人さえ意識していないことの多い動機を明らかにできる。また、この非線形プロセスは、製品開発や組織文化、さらには企業戦略さえも変えてしまうようなインサイトをもたらす可能性を秘めている。

 後述するが、「センス・メイキング」や人文科学のツールがその実力を最大限に発揮して企業の役に立つのは、その企業がよく知らない社会や文化のなかで、前例のない問題、すなわち「大いなる未知」に取り組む場合である。

 たとえば地理的に初めてとなる市場に参入した時や、新しい世代の消費者と出会った時などだ。また、いままでの市場や消費者が予想外の行動を取り始めた場合も、「センス・メイキング」や人文科学のツールによってその原因がはっきり見えてくることもあるだろう(囲み「『大いなる未知』に気づくために」を参照)。

「大いなる未知」に気づくために

 ビジネス上の問題の多くは、解決に高度な技術を必要とするが、マネジャーたちはこうした問題のことを十分に理解している。対処するためにどのようなデータが必要かも知っており、問題を乗り越えていくためのよく練られた手順も確立されている。

 これと対照的に、「大いなる未知」は、ほとんど経験したことのないビジネス上の問題である。ある種の問題や特定の市場、顧客層に接した経験が少なければ少ないほど、従来型の調査手法は役立たなくなり、人文科学と「センス・メイキング」を使う意味が大きくなる。

「センス・メイキング」が真価を発揮するのは、未経験の社会的・文化的背景──たとえば地理的に初めて進出する市場や、新世代の消費者──を理解したいと思う時、もしくは既存顧客に対する思い込みのせいで間違った道を進んでいると思われる時である。

 以下の問診票はビジネス上の問題を3つのカテゴリーに分類しており、これを使えば自社の直面する問題がいかなる種類のものかを判定する助けになる。したがって、「センス・メイキング」が使えるかどうかもわかる。マネジャーによくあるミスは、レベル3の問題(大いなる未知)をレベル2の問題(仮説)だと思ってしまい、その結果として「センス・メイキング」のツールを使うべき時に使わない、というものだ。

レベル 1 ─既知─

・顧客と市場について大変よく知っている。
・将来展望が、はっきりと見えている。
・ビジネス上の問題が起きても、その問題が何かを正確に知っている。
・その問題を解決する際に従来のデータと分析が役立つ。

▼例
休暇シーズン中、当社の製品の売上げは目標値を下回った。これは天候が悪く、店舗に足を運んだ顧客が少なかったせいである。テレビ・コマーシャルをX倍に増やし、Y%の割引を行えば、売上げは回復するであろう。

レベル 2 ─仮説─

・顧客と市場についてそれなりに知っている。
・将来展望についてさまざまな可能性を予測できる。
・その問題が何となく理解でき、似たような問題に前にも出会った経験がある。
・検証のために、一連の仮説を立てることができる。
・その問題の解決方法を見つけるには特定のデータと分析が必要になるが、そのデータのありかと分析モデルについてはよく知っている。

▼例
我々は販売員の数を増強するために投資を行ったにもかかわらず、店舗当たりの売上高が落ちている。原因としていくつかの可能性が考えられ、そうした仮説が正しいか検証する方法も考え出せる。

レベル 3 ─大いなる未知─

・顧客と市場についてほとんど何も知らない。
・起こりうる将来展望について、ほとんど勘が働かない。
・この種の問題にはいままで一度も出会ったことがない。
・検証する仮説が立てられない。
・ふだん使っているデータ源や分析手法は、その問題の解決策を見つける際に間違いなく役立つかどうか不明である。

▼例
市場投入に向けてさまざまなイノベーションがフル稼働で開発中なのに、新製品を発売しても売上向上につながらない。

レゴに見る「センス・メイキング」の実際

「センス・メイキング」の中核となる作業は、現象学の実践である。現象学とは人々が日常生活をどのように体験しているのか、という研究だ。

 経営科学は、たとえばスターバックスの来店客がその日一日に通算何杯のコーヒーを飲むことになるかを、事前に教えてくれる。一方、現象学が明らかにするのは、その顧客がスターバックスでコーヒーを飲むという「体験」をどう感じるかである。スターバックスが「コーヒーの現象学」を理解し、大きな効果を上げてきたことは有名だ。しゃれたバリスタたち、自由な在宅勤務者の集う場所、凝ったBGM──こうしたコーヒー自体とは別の、複雑で何とも形容しがたいスターバックス体験に対して、顧客が喜んでプレミアム価格を払うため、同社は利益を得ているのだ。

 ここで、レゴ・グループが顧客の心の奥底にある動機を理解するために、どのように現象学を利用したかを検証してみよう。8年前、レゴはコア顧客が離れてしまったことで、損失を垂れ流していた。だが現在、同社は玩具メーカーとして世界最大級かつ最も尊敬される企業の一つである。この特筆すべき事業再建をもたらした原動力の一つは、レゴが「センス・メイキング」に注力したことにあった。

 同社が凋落の悪循環を続けた原因は、顧客である「小さな大工」とその両親が、同社の商品で遊ぶことに対して本当に求めているものが何であるかを理解しようとせず、代わりに〈レゴ〉ブランドを活用して新市場へ切り込むよう、決意したことにあった。

 同社は誤った思い込みに基づきアクション・フィギュア(動く人形)やビデオ・ゲームへと多角化を進めた。子どもたちはますます多忙になっており、展開の早いビデオ・ゲームに興味をそそられる機会も多いため、もはや古くさいプラスチック製のブロックを組み立てる時間も根気もないだろう、と思い込んでいたのだ。

 このため同社の商品は、はるかに洗練されて見かけも派手になったが、子どもがそれらで遊ぶ時間は減り、創造性も失われていった。そうこうするうちに、昔ながらの〈レゴ〉を懐かしむ両親の気持ち、そして〈レゴ・ブロック〉を買ってあげたいという両親の欲求も薄れた。

 レゴ・グループのCEO、ヨアン・ヴィー・クヌッドストープは、〈レゴ〉ブランドが顧客との絆を失ってしまったことを理解し、新製品を出しても問題解決にならないとわかっていた。同社は「遊びの現象学」をより深く知る必要があると気づいたのだ。子どもたちにとって、遊びとはどのような体験なのか。子どもたちはその体験に何を求めるのか。そして、どうすれば〈レゴ〉はその欲求を満たせるのか──。

 答えを見つけるため、同社は研究者をアメリカとドイツの家庭に送り込んだ。研究者は何カ月もかけてデータを集め、親子の話を聞き、写真と動画で日誌をつけ、家族の買い物に同行し、玩具店を調査した。要するに膨大な量の情報を蓄積したのである。そのデータをレゴ・グループの担当チームが念入りにふるいにかけると、いくつかの重要なインサイトが浮かび上がってきた。

 それはたとえば、子どもが遊ぶのはあまりにもお膳立てされすぎた日常から逃げ出すためであったり、あるいは〈レゴ〉の組み立てスキルを伸ばすためである、というものだった。このインサイトによって、子どもは忙しすぎて〈レゴ〉に取り組む暇がないという前提が間違っていたことが明らかになった。それどころか、一部の子どもたちは〈レゴ・ブロック〉に没頭する時間も意欲もあり、〈レゴ〉の達人になりたいとさえ願っていることが、データから見えてきたのだ。

 当時レゴ・グループの新事業グループを率いていたパール・スミス=マイヤーは次のように説明する。

「いまの私たちの商品は、〈レゴ〉であることを誇りにしています。外装も一目ですぐに〈レゴ〉だとわかるものです。〈レゴ・ブロック〉で遊ぶことを強制することはできません。しかし、あの時の調査によって、我々がだれに商品を届けたいのか、自分たちで決めることができたのです。その時の決断は、次のようなスローガンへと変わりました。『〈レゴ〉本来の姿が好きな人のために〈レゴ〉をつくり始めよう』──」

 流れを一気に変えたこのインサイトは、従来型の戦略プロセス(市場データ分析や結合分析、アンケート調査、フォーカス・グループ調査など)がそれまで見落としていたものだ。おそらく従来のやり方ではけっして得ることのできなかったインサイトだろう。

「センス・メイキング」の5段階のプロセス

 ここで「センス・メイキング」の各段階を具体的に説明するために、まったく別種の企業に目を向けてみよう。デンマークの医療技術企業、コロプラストだ。

 1954年、エリーゼ・ソーレンセンという看護師が、胃や大腸のがんにかかった患者に施されることの多いオストミー手術(人工肛門などの造孔術)を受けた後の妹の様子を見て、この会社を設立した。彼女の妹はこの手術で命を救われたものの、ストーマ(人工肛門)が自分の体に開いていることを恥じ、世間から引きこもってしまったのだ。ストーマから出る排泄物は、自分で用意した手づくりの袋に流れ込む。当時はそれしか手がなかった。妹は、排泄物が袋から漏れることを心配し、外出を極度に恐れた。ソーレンセンは妹のために、円形の粘着テープによって定位置に固定できるストーマ・バッグを発明した。こうして同社が生まれた。

 それから50年で、コロプラストは欧州のヘルスケア製品で市場をリードする企業となり、患者からは世界で最も患者中心のヘルスケア企業であると評価されるまでになった。ところが2008年、イノベーションと販売に多額の投資をしているにもかかわらず、社内の最大部門、オストミー事業部が停滞し始めたのである。

 コロプラストは高度なR&Dで知られ、イノベーションの教科書に出てくるような最先端の取り組みは、すべて導入していた。リード・ユーザー調査、ユーザーとの共創、デザイン思考ワークショップ、事業のNPV(正味現在価値)算定、その他もろもろである。開発中の新製品は目白押しだったが、発売する新製品にはまったく反響が得られなかった。

 これは不可解な事態であった。というのも、それまでに実施されたフォーカス・グループ調査と大規模な定量アンケート調査によって、オストミー患者である顧客が、非常に多くの点で不愉快な思いをしていることが明らかになっており、そうした問題を解決するため、数多くの製品アイデアが実現されていた。オストミー・バッグをよりしっかりと固定するための仕組み、新しい粘着テープ、新しいフィルター、新しい素材──。それにもかかわらず、これらのイノベーションはどれ一つとして成長の牽引役にならなかったのである。

 コロプラストの経営陣は、オストミー市場に関する彼らの根本的な前提が、どこか間違っているに違いないと気づいた。その前提は何年間も見事に同社を導いてきたため、それまでは正しさを確信していたのだ。同社は「大いなる未知」に直面した。

 どうすれば新たな成長源を見つけることができるのか。その答えは、次の5段階を経る「センス・メイキング」のプロセスによって得られた。

(1)問題をとらえ直す

「センス・メイキング」の第一歩は、問題を「現象」として考える術を学ぶところから始まる。すなわち問題を人の体験として見るのだ。そのためには、企業が自分たちの視点で自社の市場、製品、および顧客を見ることを止め、それらを顧客の視点から見ることが要求される(囲み「問題を現象としてとらえ直す法」を参照)。

 そこでコロプラストは、「どうすれば新たな成長源を獲得することができるのか」という問いかけを練り直した。「オストミーとともに暮らすのはどのような体験なのか」──。

 同社のマネジャーは顧客に関する指標を数多く知っていた。どんな人が、どの製品を、どれだけ、いつ買ったのか、といった類のことである。だが、顧客の世界についてはあまり知らないことに気づいた。オストミー患者でいるとはどんなものなのか。自己イメージはどう変化するのか。人づき合いはどう変わるのか。患者にとってよい日、悪い日はどのような時か──。

 それまで同社の製品開発とマーケティング戦略は、顧客と顧客ニーズに関して次の2つを前提としてきた。一つは、患者は退院から2年以内にオストミーのケアを自分できちんとできるようになり、実質的に普通の生活を送っている、という前提。もう一つは、製品のイノベーションは、主にオストミー装具のさまざまな機能を一つずつ改善していくことに集中すべき、という前提である。

 この2つの前提が何かを見落としていることは明らかだったが、それが何なのかがわからなかった。

問題を現象としてとらえ直す方法

「人文科学者」は、研究課題の基盤を現象学、すなわち人々がいかに日々の生活を体験するかを調べる学問に置く。その目的は、人が周囲の環境と相互作用する方法、複雑でとらえにくく、しばしば無意識に行われる方法を理解することにある。

 料理長を例に考えよう。彼を取り巻く環境としては、キッチン、配下のコックたち、給仕係、食品、客、さらにそれ以外にも無数の要素がある。料理長はいかにそれらと相互作用しているのだろうか。大半の相互作用は、意識に上らない次元で行われている。右手で冷蔵庫を開けながら、給仕係に何か叫び、次にそれとは違う声色でコックに指示を出す。肉にコショウを振りかける時、いちいち分量を量らないものの、どれだけ加えるべきかは正確にわかっている。小指でソースをなめれば、即座に何が足りないのかわかる。当意即妙のこうした行動を、料理長が自分で正確に他人に伝えることはおそらくできないだろう。料理長の行動からパターンを読み取るには、彼をじっくりと観察しなければならない。

 レストラン向けの厨房機器メーカーが、理由のわからない売上減少に直面したとしよう。そのメーカーが料理長にあれこれと製品を見せて、どれがよいと思うかを聞いたところで、おそらく大したことはわからないだろう。しかし、この問題を「現象」──料理長は料理をする時にどんな体験をするのか──としてとらえ直せば、料理長の本当のニーズを見つけ出せる可能性が高まるはずだ。

 ほとんどすべてのビジネス上の問題は、現象としてとらえることができる。コツは、問題を見る際の立脚点を移動することだ。内から外を見る(企業がその問題をどう認識するか)のではなく、外から内を見る(顧客がその問題をどう認識するか)のである。以下に例を挙げる。

ビジネス上の問題
・顧客が我々の銀行から他行へ乗り替えるのを防ぐ方法は。
・どうすれば自社のコーヒーにプレミアム価格を上乗せできるか。
・中国の玩具市場に新規参入する当社が採るべき戦略とは。

現象
・顧客が当行を利用する際にどのような体験をするのか。そして、なぜ他行へ移るのか。
・優れたコーヒー体験とはどのようなものか。
・中国で遊びの果たす役割とは何か。

(2)データを集める

「センス・メイキング」のプロセスで実施するデータ収集は、それまでの前提に一石を投じるという明確な意図を持って行うため、従来の分析・調査手法とは根本的にやり方が異なる。仮説に基づく調査をしたり、大人数、もしくは周到にシナリオを練ったフォーカス・グループへの調査を行う代わりに、研究者は調査対象の日々の暮らしに参加するのである。

 この調査は仮説を持たずに行うことが決定的に重要だ。大量の情報を集め、情報の種類や量には制限を設けない。そして、何を見つけることになるのか、いっさいの予断を持たずに行う。このように先入観を持たないデータ収集方法によってのみ、顧客の本当の体験を察知することができるのである。

 こうして得られた一連のデータは、まだ加工されておらず、個人の息づかいがし、生々しい。大半の市場調査ツールが生み出してきた「現実の歪められたバージョン」とは大違いである。この目を見張るような情報を得ることは、顧客を抽象概念──セグメントや欲求状態、消費機会──としてとらえていた企業幹部にとって、計り知れないほど大きな気付きをもたらす場合もある。

 コロプラストで当時、マーケティング担当副社長を務めていたクリスチャン・ウィルムセンの指揮の下、調査のために社会科学者が世界中のオストミー患者のもとに送り込まれた。2日間を患者とともに過ごし、患者が友人や家族と過ごす様子を観察するのだ。街なかでの様子だけでなく、おそらく最も重要な場面である、患者が自分の状態に対する気恥ずかしさや心配事のため自宅に引きこもらざるをえない様子も観察した。

 患者との2日間に加え、調査員はストーマのケアをする看護師について1日を過ごした。看護師がどのように患者のための製品を選ぶのか、排泄する際の事前準備として患者にどのようなことをしているのか、患者が自宅で自活できるかどうかはどの点を見て判断するのか──。こうした生データは、念入りに整理された動画や日誌、写真、観察記録、さらにはパンフレットや商品の外箱などの工芸品の形でコロプラストに届けられた。

 範囲を定めないこのタイプのデータ収集は、非常に大きな網を投げる作業になるが、それでもやはり秩序と体系のあるプロセスであり、調査の企画立案スキルを持つ人文科学系の研究者が事前に監督する必要がある。この準備作業は基本的に、現象(この場合、念入りに調査される体験)の背後にある主要テーマを見つけ出すことと、それぞれの主要テーマを複数の質問に分解することが必要である。

「オストミーとともに生きる人々が日常で味わう体験」という現象は、以下のテーマに分類できる。

・ストーマは日常生活にどのような変化をもたらすか。
・患者は日常生活をどのように過ごしているか。
・「良質なケア」とはどのようなものか、患者と看護師と医者でそれぞれ、いかに異なるとらえ方をしているか。
・患者およびケア担当者にとって、それぞれの理想のケアとは。
・患者が日々行う定型のケアはどのようなものか。
・患者にとってとりわけ重要なニーズおよび課題は何か。
・オストミー関係の製品やその付属品を選ぶ際、決定的な判断材料は何か。

 指針となる一連の質問さえ決まれば、関連データを最も効果的に収集する方法はあっさり決まる。直接観察か、観察対象と行動をともにするのか、徹底的な聞き取り調査(デプス・インタビュー)か、グループ・インタビューか、動画撮影か、などなど──。

 データの収集と構造化を行うこの作業は、あらゆる分析作業と同じく、各データ・グループ間の情報が簡単に比較できるようにすることを目標とすべきである。さらに、簡単な検索および共有が円滑に行えるようデータを整理して保存しなければならない。たとえば、記録媒体の種類別および地域別、さらに場合によっては個別の研究テーマ別に情報を体系化するといった方法がある。

(3)パターンを探す

 データ収集が終わった段階で、コロプラストの担当チームの手元には2000枚の写真、数百ページに及ぶ観察記録とインタビュー原稿、および2ギガバイトの動画から成るデータベースがあった。しかし当然のことながら、分析がなければデータの集合体は何も語らない、ただの記録にすぎない。

 そこで担当チームはこのデータを体系化した。各調査対象者の個別の生活に深く潜り込んでから再浮上し、今度は広い視点で共通性を持つテーマを熟考して見つけ出し、似たようなテーマを同類ごとに「ファミリー」(たとえば事故を避けるための方策、家や職場、レクリエーション中の衛生管理など)として分類できるように体系化したのである。これにより、点と点をつないでパターンを浮かび上がらせることができた。

 パターンを発見するためのカギは、根本原因を見つけることにある。このケースでは、患者と看護師の行動を説明できる基本的な理由のことだ。この作業は玉ねぎの皮むきに似ている。いちばん外側の層にあるのは、見てすぐわかる事実である。患者が1日にストーマ・バッグを取り替える回数や、その際に不便を感じる点などだ。その内側の層には、患者独自の振る舞い方や選択基準を特徴づける、日々の習慣がある。そして最後に芯がある。つまり、日々の習慣の背後にある根本原因である。ただ見るだけでは、内部の層に埋もれている真相を見抜くことはできない。観察によってパターンが浮かび上がることで、その真相が見えてくるのである。

 このように深いレベルの分析に到達するため、コロプラストの担当チームはさまざまな社会科学の理論を応用した。慢性的な体障害が自己認識に及ぼす影響、社会的不名誉が増大する仕組み、および衛生・性行動・信頼の果たす役割、などについての理論である。

 こうした理論の助けを借りた担当チームは、データを多様な角度から見ることができた。たとえば、患者が外出を嫌がる理由は社会的不名誉で説明できるか、自宅とそれ以外の場所で患者に求められる衛生観念の基準は異なるか、患者の性生活はどのような影響を受けたか、退院して慢性的患者として自宅に帰ってきた時、患者の自己認識には何が起きたか、といった見方だ。

 ウィルムセンと同僚たちは、熟練の研究者とともにこの一連のデータに没頭し、調査対象者の日常生活に浸り切った。そして患者たちの姿を知った。いら立っている患者もいれば、恥ずかしさや気まずさについて語る患者、恋人との関係がギクシャクしたと話す患者もいた。多くの患者が恐怖の瞬間について触れていた。結婚式の最中に、仕事の会議中に、授業中に、排泄物が漏れていると気づいた時の恐怖のことだ。

 コロプラストは何度もこの現象──ストーマとともに生きるとはどのような「体験」なのか──に立ち返ることにより、病院内で自分のケアをすることと、自宅でケアをすることの違いを理解し始めた。

 入院中の患者は横たわっていることが多く、身近に大勢の専門家がおり、がんのせいで通常時より体重が少ないことも珍しくなく、ほとんど一日中ストーマのケアのことだけ考えていればよい。コロプラストはこうしたことは知っていた。

 だが同社は、これらのことの裏側にある、退院後の事実にまったく気づいていなかったのだ。患者は退院して家に帰ってしまえば、普通は専門家の手助けを得られない。そして自分の体が変化したことによる難題に立ち向かっていかねばならない。傷が残っている人もいれば、体重減少で皮膚がたるんでしまった人もいる。急激に体重が戻りすぎて肥満になる人もおり、その多くは帰宅後にヘルニアを患う。入院中に身につけた問題解決方法と定型作業は、時とともに次々に役立たなくなってくる。入院中に看護師のケアを受けながら選んだ製品は、自宅で使うには最適ではない。療養法を守ることは次第に面倒になる。そして、排泄物の「漏れ」に関する問題が降って湧いてくる。

 実のところ、コロプラストが自社によってほとんど解決済みになっていると思い込んでいた「漏れ」の問題は、解決どころか患者にとって非常にやっかいで人生を変えてしまうほどの難題として残っていたのだ。同社は旧来型の調査研究の結果を読み間違えていた。概して患者は一定期間が過ぎると漏れに関する不満を言わなくなるので、漏れの問題はなくなったと判断していた。

 しかし前述のパターン認識のプロセスを経たことで、漏れの不満が聞こえてこなくなる理由は、その問題が解決したからではなく、ハプニングが起きるリスクを避けるために生活様式を根本的に変えたせいであることが明らかになった。ある患者の言葉を借りれば、新しい生き方を「多分これ以上は望めない」として受け入れていたのだ。

 患者の数だけ繰り返されるこの悲しいパターンは、現実には次のようなものだ。

 手術による肉体的ダメージの後で日常生活に戻るのは患者にとって大変なことだが、それでも当初は何とかして以前の生活を取り戻そうとする。外食に出かけ、映画に行き、友だちと会う。しかし初めて公の場で「漏れ」のアクシデントを経験した後は、自分の周囲の環境に、人目に触れないでアクシデントに対応できる場所がないか、詳細に調べるようになる。そのうち未知の場所に行くのをやめ、よく知った環境にしか出かけなくなる。その後何度かの「漏れ」を経て、さらに生活の場を狭めるようになる。レストランやその他のリスクが高い場所にはもはや行かない。退院から2年以内に、多くの患者はまったく外出しなくなる。

 つまり、このような経緯を経て患者が「漏れ」問題を封じ込める手段を身につけ、それゆえ不満を述べなくなったとしても、その過程で生活の豊かさを同時に失ってしまっているのである。

(4)カギとなるインサイトを生み出す

 コロプラストのマネジャーたちは、「漏れ」問題が解決されておらず、患者の生活の質にこれほど深刻な影響を与えていると知ってから、初めて自社のビジネスの中核を成す前提を疑問視し始めた。ポリマーおよび粘着テープの技術に重点的に取り組んできた同社のイノベーションにより、顧客の最大の問題はほとんど解決済みである、という前提だ。

 担当チームは新しい視点とともにデータに立ち返り、「何を見落としているのだろうか」と問いかけた。業界で当然の前提であったことと、患者の実際の体験とのギャップを探し求めたのだ。あらためてデータを精査してみたところ、今回もまた一つのテーマが徐々に浮かび上がってきた。インタビュー原稿や動画のなかで、多くの看護師がこう述べていたのだ。

「完璧な製品はありません。なぜなら完璧な患者も存在しないからです」。また「これはよい製品ですが、すべての人にフィットするわけではありません」とも述べていた。同時に、ストーマ・バッグをしっかりと固定するのに苦労することがある、という患者のコメントも複数あった。ポリマーと粘着テープの技術がどれほど高度化したところで、多くの患者はストーマ・バッグがしっかりと固定されているという安心感すら得られていなかったのだ。彼らは肌を「漏れ」から保護するため、固定リングや糊、特殊な接着剤、あるいはクリームといった小物で実験を重ね、あらゆる種類の自己流の解決法を試していた。

 担当チームがあらためてデータを精査したことで、事態を一変させる一つのインサイトが姿を現した。それは、「ストーマ患者の体は一人ずつ違っているのだから、全員に適用できる唯一の解決法など存在しない」というものだ。最大の問題は、患者によってストーマのタイプが違う点ではなかった。患者によって体のタイプが違う点にあったのだ。

 当たり前のことに思えるかもしれないが、ポリマーと粘着テープに集中してきたイノベーションのあり方のせいで、経営陣もR&D部門のエンジニアも、この可能性にまったく目が向かなかったのである。個人が確証バイアス(自分がもともと持っていた見解を裏づける情報のみを、気づかぬうちに探してしまうこと)の影響を受けることがあるのとまったく同様に、組織全体がこのバイアスに取り憑かれることもありうるのだ。

 コロプラストの粘着テープは、完璧にフィットする定型の体では完璧に機能した。しかし患者の体は多様性に富む。手術による傷や隆起であれ、がんによる体重の変化であれ、いずれもフィット具合を大きく悪化させた。

 これは大きな問題だった。そして信じられないことに、10億ドルの市場規模を持つこの業界で、それまでだれ一人としてこの問題に取り組んだことがなかったのだ。即座にはっきりしたことは、コロプラストは体のタイプを分類し、それぞれのタイプごとに特別に設計した製品をつくる必要がある、ということだった。同社の開発・製造工程に、この目的を果たせそうな製品は一つもなかった。同社だけでなく、あらゆる業者の工程表にそのような製品は一つもなかった。巨大なビジネスチャンスの到来である。

(5)事業にインパクトをもたらす

 当然ながら、得られたインサイトは事業構想へと変換されなければ意味がない。前述の(1)から(4)までの段階は、「センス・メイキング」のプロセスを紹介したため、企業幹部にとっては目新しい話であっただろう。だがこの最終ステップで必要となるのは企業幹部にとってお馴染みのこと、すなわちイノベーション戦略の構築である。

 コロプラストは何千人もの顧客に対し、さまざまな姿勢で自分の体の写真を撮って提供してくれるよう呼びかけた。そしてその写真を基に、基本となる4つの体のタイプを割り出した。この「実際の体に合わせる研究」は、同社のすべての事業部門に直接的な影響を及ぼした。R&D部門では新技術の開発が要求され、製造部門では新しいツールの開発が必要になった。マーケティング部門では多くの人に訴える筋書きを考え出す必要が生じ、販売部門は新種の製品を売らねばならず、顧客サービス部門では患者支援システムの構築が必要になった。

 こうして2010年に市場投入された製品〈ボディフィット〉シリーズは大きな反響を呼び、患者へのソリューションとしても、事業としても成功を収めた。シリーズには二系統の製品群があるが、どちらも現在までに営業目標を達成しており、2014年にはさらなるイノベーションを加えた新製品が投入される予定だ。コロプラストのオストミー事業は現在、オストミー製品全体の市場成長率を超えるペースで成長中である。

〈ボディフィット〉プロジェクト、および他の事業部における同様の取り組みによって、コロプラストの企業文化もまた活性化した。R&D部門から販売部門に至るまで、社員は新たな目的意識を再び持つようになり、いままで以上にイノベーションに挑戦する気構えを持つようになった。これは、技術重視から顧客重視へと重点が移ったこと、および一連の新製品が顧客の生活と自社の盛衰に明らかなプラス効果をもたらしたことで刺激を受けたからだ。

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 企業は長い間、エスノグラフィーのツールを使って市場調査を行ってきた。「センス・メイキング」が革新的なのは、市場調査の技術的な面ではない。むしろ、人文科学に基づく分析を市場調査に持ち込んだ点にある。

「センス・メイキング」を使い始める組織は世界中で急増している。「センス・メイキング」を使えば、新たな成長戦略を見つける、新市場で成功を収める、もしくは社会の変容からビジネスチャンスを見出すといった、ビジネスにおける最大級の難題を解決するのに役立つと気づいたためだ。「センス・メイキング」は、従来のツールでは得られない答えを明らかにし、企業幹部が自社ビジネスの本当の姿を創造的に考えることを可能にするのである。

【注】
事業環境がさらに複雑性を増すと予想されるなか、複雑性に対応できる自社の能力と実際の複雑性との格差のこと。

倉田幸信/訳
(HBR 2014年3月号より、DHBR 2014年8月号より)
An Anthropologist Walks into a Bar・・・
(C)2014 Harvard Business School Publishing Corporation.

ILLUSTRATION: Bob Eckstein

クリスチャン・マズビャーグ(Christian Madsbjerg)
イノベーションおよび戦略コンサルタント、ReDアソシエーツの顧客担当取締役。

ミケル B. ラスムッセン(Mikkel B. Rasmussen)
ReDアソシエーツの欧州部門取締役。

2人の共著にThe Moment of Clarity: Using the Human Sciences to Solve Your Toughest Business Problems, Harvard Business Review Press, 2014.があり、本稿は同書を基に書かれた。