また、(2)については、星野氏が旅館のコンセプト作りの「支援」に徹し、コンセプト設定後の実際のオペレーションは各現場で考えさせるスタンスをとることで、一定以上の困難度を担保していたとみることができる。すなわち、「熟年女性のマルチオケージョン温泉旅館」というコンセプトに沿った顧客サービスや現場でのサービスの提供方法を、運営会社がすべて準備してしまえば、現場は単なる実行役になってしまう。確かに、マニュアル等でコントロールしてしまえば、早期にムラのないサービス向上を達成することは可能かもしれないが、一方で現場での単調感・やらされている感を生みかねない。現場で「考える」というワン・クッションを入れることにより、目標達成(=コンセプト実現)のための一定以上の困難度を担保し、従業員の自発的かつ積極的な目標へのコミットメントを引き出しているといえるだろう。

②従業員参加

 モチベーション向上のもう一つの重要なカギが、「従業員参加」である。先述の旧いづみ荘再生のケースにおいて、星野氏は、コンセプト作りからコンセプトの発表、そしてその後の顧客サービス考案のプロセスまで、一貫して従業員を「参加」させるという姿勢を貫いている。まさに、経営の主役は社長ではなく「社員」であるというスタンスを前面に出して実行していたのである。

 特にこのケースで重要なポイントは、初期のコンセプト作りに関し、星野氏が顧客調査データを駆使するなど、自ら科学的な手法でエヴィデンスを導き出しているだけでなく、一方で従業員自らに考えさせ、共感させる場を作り、全員で一つのコンセプトにたどり着いたという感覚を持たせるという「人心の統合」に細心の注意を払っていたところにある。

 実は、先ほどの目標設定理論には、一つ重要な前提がある。それは、目標が本人に「受け入れられていること」が非常に大切だというものである。言い換えると、具体的かつある程度難しい目標が人のモチベーションを高めるのは、あくまで本人が心理的に受け入れた目標についてである。この心理的に受け入れられた状態(=腑に落ちた状態)を作る一つの鍵となる方略が、当事者(=従業員)を決定に参加させることだと言われている。すなわち、このケースでは、コンセプト作りに従業員を参加させるという星野氏の試みが、「社長の」目標・コンセプトではなく、「私たちの」目標・コンセプトとして従業員に受け入れられる下地になっていたといえるだろう。

 経営にスピードが求められる今日、ややもすると、このような「人の心を解きほぐすプロセス」はおざなりにされがちである。しかし、このプロセスを軽視・省略し、強引な組織運営や組織変革を断行した結果、人材・組織上の問題を抱えてしまった企業は少なくない。スピードが求められる時代であっても、人心を統合するプロセスには時間をかける必要がありそうだ。

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(注1)NHK (2006). プロフェッショナル仕事の流儀 リゾート再生請負人星野佳路の仕事 "信じる力"が人を動かす. (2006年1月放送).  
(注2)須藤実和 (2010). なぜ星野リゾートは赤字旅館を再生できたか. PRESIDENT Online (http://president.jp/articles/-/259) (2014年7月25日確認).
(注3)NHK (2006). プロフェッショナル仕事の流儀 リゾート再生請負人星野佳路の仕事 "信じる力"が人を動かす. (2006年1月放送).
(注4)須藤実和 (2010). なぜ星野リゾートは赤字旅館を再生できたか. PRESIDENT Online (http://president.jp/articles/-/259) (2014年7月25日確認).
(注5) Locke, E. A., & Latham, G. P. (2006). New directions in goal-setting theory. Current Directions in Psychological Science, 15: 265-268.