したがって、先ほどの旅館の例で、従業員個々人の「意欲」や「やる気」はあるのだが、おのおのが実際の行動に移せずにいる状態というのは、必ずしもモチベーションが高い状態とは言えない。すなわち、「意欲」や「やる気」は、あくまで一時的な「欲求」の強さを示しているに過ぎず、それらが具体的な行動に変換され、持続されている状態へと変化することによって初めて高モチベーションの状態が生まれるのである。

星野リゾート社長・星野佳路氏による赤字旅館の再生

 実は、先ほどの旅館の例は実在したケースであり、株式会社星野リゾートの現社長、星野佳路氏が再生させた静岡県伊東市の老舗温泉旅館旧いづみ荘(1912年創業、現在は星野リゾート「界」ブランドの一施設、伊東温泉「界 伊東」)の再生前の一幕である(注1)。 星野リゾートのルーツは、1914年(大正3年)に初代経営者である星野国次が軽井沢で開業した星野温泉旅館にさかのぼる。現社長の星野佳路氏はこの軽井沢の温泉旅館の4代目にあたるが、その高い経営手腕により数々の破綻した大型リゾート施設や経営難に陥った老舗旅館を再生させ、自らのリゾート運営会社の傘下に入れることで、全国的な高級リゾート・旅館運営会社に成長している。

 さて、旧いづみ荘の星野氏による再生の話に戻す。この旅館は、星野氏が再生に乗り出した2005年当時、40億円にのぼる負債を抱え経営難に陥っていた(注2)。 約60名の従業員も顧客に喜んでもらえるような旅館として再生することを切望していたが、何をどうしてよいかわからない状態であったという。以下、NHKで放送された旧いづみ荘再生の模様を少し詳細に記す(注3)。

 再生にあたり、星野氏が行ったのは旅館のコンセプト作りであった。星野氏は従業員全員を集め、2週間という期限を区切って旅館のコンセプトを作ることを約束した。このコンセプト作りは、星野氏がターゲットとなる顧客層を独自の顧客調査データから特定する作業を行う一方、他方で従業員自らに考えさせるという手法をとった。

 調査結果から、客数そのものは減少していたものの、根強いリピーターがいることに星野氏は着目する。リピーターは「60代以上の夫婦」「50代以上の女性グループ」「孫を連れた3世代家族」という特徴を持っていた。

 星野氏は、顧客と接点を持つ最前線のスタッフを集め、ディスカッションの機会をつくる。「いづみ荘が圧倒的に満足させることができる顧客層はどのような人たちか」「現場で思いつくことはないか」などの質問を星野氏が投げかけ、スタッフに日頃のオペレーション上の振り返りと気づきを促す。スタッフから意見を引き出すのは根気のいる作業ではあるが、あくまで星野氏は簡単に答え(コンセプト)を言わず、徐々に現場の情報を引き出すのである。そして、現場を知るスタッフの発言が、顧客調査結果のリピーター層の特徴を捉え始める。顧客調査で浮かび上がった3つの層―「60代以上の夫婦」「50代以上の女性グループ」「孫を連れた3世代家族」―には「熟年女性」が共通していることに気づき始めるとスタッフ全員の表情が一斉に明るくなった。このようにして、年配の女性客が旅行の決定権を握っているという問題解決の糸口を見出した。結論として、「熟年女性のマルチオケージョン温泉旅館」というコンセプトが導き出されたのである。