問題「15分でパスポートを発給せよ」

――制約と主体性、というのは逆のものである印象を受けます。

ミラー:まさしく、パラドクスなわけです。制約を課し、そのなかでイノベーションを起こすための主体性を持たせるのです。制約は当然与えます。完全に自由な環境からイノベーションは生まれませんからね。その一方で、目の前の問題を、自分事として考えるような施策を打つ。責任をもたせる、という言い方もできます。

――自身でイノベーションを生み出す人というよりも、これは、イノベーションを起こさせようとする人に対してのアドバイスですね。

ミラー:はい。企業におけるイノベーションは、イノベーションアーキテクトという、他社がイノベーションを起こすのを支援する人の存在なくしては成り立ちませんからね。現場の人に権限を与え、当事者意識を持たせることでイノベーションを起こすことについての例を説明しましょう。例えば、日本でパスポートを発給するにはどのくらいの期間がかかりますか?

――1週間程度です。

ミラー:ではまず、なぜ1週間かかるのか? その1週間を3日にするには? という問いを、パスポートを発給する担当の部署の人に持ってもらいます。そして、3日でできたら、1日半でできないか? 1日半でできたら、1日でできないか?……と短縮していく。スペインのパスポートを発給する機関ではこうして、申請したあと15分で発給できるというイノベーションが起きました。

――何が起きたのでしょうか。

ミラー:このイノベーションには2つの要素があります。ひとつはテクノロジーです。発給の手続きをどう変えていくかという部分ですね。もう一つは、窓口の対応です。昔は本当にお役所仕事で、申請に足りない要素があると「はい、取りに行ってもう一回申請しなおしてください」と言って終わりでした。でも、今スペインの窓口のスタッフは、申請書を持ってくる人たちの手助けをしようという気持ちで仕事をしています。そういうことも含めて、最終的に15分でパスポートが発給できるようになったのです。

――ということは、現場の人に権限を与え、仕事を任せることがイノベーションにつながるんですね。

ミラー:そうです。そしてそこは、組織における最大の問題ですね。大きな組織だと、全社的にそれを実行するのは難しい。実際は大きな組織の一部で、イノベーションを起こしていこうとするリーダーのいる小さなチームが、それを実行できるくらいじゃないでしょうか。

――従来のイノベーション企業は、トップが強力なリーダーシップを発揮し、下に対して強力にイノベーションを進めるというタイプでした。ミラーさんのお考えでは、イノベーションはボトムから生まれてきて、トップはそれが生まれる環境をつくる、サポートにまわるという位置づけになる、と。

ミラー:おっしゃるとおりです。いまは企業があまりに巨大化し、トップの経営層が直接イノベーションに関わるのは不可能になりました。昔のホンダで、本田宗一郎がF1のエンジンやバイクの開発で陣頭指揮をとっていたようなことは、もうできないんですね。だからこそ、トップは「環境をつくる」ということが重要になるでしょう。

(第2回につづく)