直感的な推測とは裏腹な結果が導かれる

――システム・ダイナミクスというと、ローマ・クラブが発表した『成長の限界』が浮かびます。あの報告書には、システム・ダイナミクスの手法が用いられたと聞いたことがあります。21世紀に世界システムが破綻する危険性を提示した報告に、大きな衝撃を受けたことを覚えています。

 もともとは、在庫管理のような、企業経営におけるシミュレーションなどのために使われていたものですが、その後幅広い分野に応用されるようになりました。

 都市問題への応用として「アーバン・ダイナミクス」というモデルも開発されました。

――具体的に何かシミュレーションを行ったのですか。

 アメリカには、ゾーニング・オーディナンスといって、自治体がそれぞれの市街地の用途地域を取り決めている条例があります。そのゾーニング・オーディナンスを変更するというのはとても大変なことで、ゾーニングが変わったことで個人の権利が侵害されたと住民が市を訴えて最高裁まで行くようなケースもあるんです。アメリカでは、個人の権利はすべてを超えていますから、自分の権利が侵されたと思えば、個人がフィフス・アメンドメント(米国憲法の修正第5条)で訴えて裁判で争います。

 ゾーニングに関して、アメリカではそうしたケースが非常に多い。アーバン・デザインを学んでいた私にとって、それはとても興味あるテーマだったので、当時、私は、ハーバード・ロースクールの図書館で、都市のゾーニング・オーディナンスに関する訴訟のケースを、日がな一日読みふけっていました。あの図書館は高い天井と大きな読書テーブルがたくさんある、とても気持ちのいい空間でしたね。

 係争の議論はそれぞれの立場がすでにこじれてしまっていて結構ややこしいものでした。ところが、アーバン・ダイナミクスの手法を使うと、ゾーニングを変更すると時間の経過とともにいろいろな因果がめぐってどのような悪影響が出てくるかなどのダイナミックな変化のシミュレーションを簡単に行なうことができるわけです。

――たとえばどのようなケースか、教えていただけますか。

 1エーカー・ゾーニング(1エーカー当たり1戸の住宅開発を許可する)を、ハーフエーカー・ゾーニング(1/2エーカー当たり1戸の住宅開発を許可する)に変更すれば、人口が増えて税収が上がるという議論に対して、本当にそうなるかどうかをシミュレーションによって解析することができます。

 人口が増えても、ハーフエーカーになると、年収が少ない人が増えることになる。マイノリティか若い夫婦などだ。若い夫婦が増えると、小学校の増築が必要となる、すると……。あるいは黒人のシングルマザーが増えると、失業率も増加傾向になり、福祉が必要となる、すると……。そうやって、因果関係をどんどん入れていき、タイムラグも入れていく。フィードバック・ループをぐるぐる回すわけです。

 結局、1エーカー・ゾーニングをハーフエーカー・ゾーニングに変更しても、その自治体の税収は上るが、一方で支出も税収以上に増えてしまうから必ずしも得策ではないという結論が導かれました。

――期待とは裏腹な結果が出てきたということですね。

 アーバン・ダイナミクスでシミュレートすると、ゾーニングにかぎらず従来の都市政策が、計画側の思惑どおりの効果や成果につながらず、むしろ問題を悪化させたり、新たな問題を生む結果となったりして、議論を呼びました。

 なるほどと思いましたね。一見正しいように見える政策も、実施のプロセスでは、さまざまな因果関係や相互作用によって、机上で設計したモデルの通りにはならない。当たり前のことですが、これまでそれをシミュレートする方法がなかった。しかしついに、そのことが、時間軸というダイナミクスを組み込んだシミュレーションで明らかにされるようになったのです。

 問題をスタティックではなく、時間軸を入れてダイナミックに俯瞰するには、因果関係のループ、つまり循環を意識しなければならないということがよくわかりました。