「守りに入って失敗するくらいなら、
攻めて失敗したほうがまだ浮かばれる」

 オンリーワンを目指すことと、奇抜で売れなくなってしまうことは紙一重だと感じます。オンリーワンをつくるためには何をすべきですか?

 私はよく、同心円を用いてその違いを説明します。最も内側の円が「コンサバティブ」、その外の世界が「定番」、そこから「期待」「意外」「変わっている」「ヘン」と続き、最も外側にあるのが「論外」です。

 お客様は「意外」を欲していると思われますが、時間の経過とともにそれがだんだんと「定番」になり、最終的には「コンサバティブ」となって古くなる。この流れが必ずあります。「変わっている」「ヘン」「論外」のものをつくっても最初から市場に受け入れられません。オンリーワンとなるうえでは、意外性が肝だと思います。

 たとえば、お客様にフォーカス・グループ・インタビューをして、「どういうものを期待しますか?」と聞いても、彼らは既存の世界しか知りません。それまでに世の中にでてきたものの中から自分の期待に沿うものを取り上げて、「これが欲しい」と言います。しかし、その言葉通りのモノづくりをすると、それは期待通りではなくて「定番」です。フォーカス・グループ・インタビューで意見を聞いてつくったところで、遅いんですよ。

 意外性とは「期待」という宇宙の少しだけ外にあります。爆発的に売れている製品は、お客様の期待以上の機能やデザインがある。次は何がくるかを見つけるためには、時系列で進化の流れを知らなければなりません。うまくいったものが一つでき、それに追随するものを二つ、三つとつくれれば、次に期待されるものが見えてくると思います。突然つくろうと思っても、それが期待通りなのか、それとも意外な車なのかはわかりません。

 我々が常に目指していることは、市場より一歩先にいくことです。それをやり続けていると、一連の流れから外れたもの、あるいは行き過ぎているものもわかります。まずは、その流れを会社でつくる必要がある。レクサスでは、その流れができつつあります

 毎月順番に出てくるデザインを見て、流れからズレたものが提案されると、「古くさいな」と思いますし、「やりすぎじゃないの?」とも言えます。ただ、やり過ぎのものは少ないですよ。たいていは1時間も見ていれば見慣れます。人間は慣れるんですよね。先取りしたものは最初「え?」と思いますが、見慣れる。1年後には、古いとまでは言わなくても、「定番」には見えてきます。

 小さな成功から流れを読み、「意外」を目指すことは理解できました。ただ、成功体験が強烈であればあるほど、それに縛られて「定番」ばかりが生み出されることはありませんか?

 マーケットインの発想になるとそうなるでしょうね。お客様の期待は想像するものであり、聞いてはダメなんです。あくまでも、自分たちがいいと考えるものを想定する。たとえばデザインを考えるときは、1年から2年後に出た姿を想定します。2年後に何が起きるかなんて誰もわかりませんが、お客様が向いている方向を想定してマッピングすれば、だいたいは想像できると思います。

 自動車産業は、初期投資が莫大なためにトライ&エラーが難しい分野です。お話を伺っていると、福市さんのやり方は失敗するリスクもあると感じますが、それは承知のうえということでしょうか?

 本音を言うと、失敗はしないほうがいいとは思いますよ(笑)。ただ、デザイン本部長という立場でそうは言いたくない。

 私が転籍先の関東自動車工業から本社に戻されたのは、2011年です。その前年には品質問題で社長が公聴会に呼ばれました。2008年にはリーマンショックがあり、翌々年には品質問題が起こり、さらに翌年の11年3月には東日本大震災でサプライヤーさんが大きな打撃を受けました。結果として、単独で3000億円以上の赤字を出しています。

 豊田章男社長には、トヨタ自動車という会社は品質問題で潰れてもおかしくないという意識があったと思います。クラウンを開発しているとき、彼が私に言った言葉はいまでもよく覚えています。「守りに入って失敗するくらいなら、攻めて失敗したほうがまだ浮かばれる」と言うんです。それは大赤字を抱えている会社の社長が言える言葉かなと驚きました。

 ましてやクラウンです。トヨタの顔ですからね。実は、私は言ってほしいと思っていました、心の中ではね。そのときにクラウンの開発は最終段階を迎えていました。しかし、そのデザインにはまだ満足していなかった。それでも、私の一存で日程まで変えることはできません。しかし社長がそう言ってくれたことで、「社長もこう言っているし、やるしかないよな?」と言い切ることができました。

「クラウンを開発しているとき、社長が私に言った言葉はいまでもよく覚えています。『守りに入って失敗するくらいなら、攻めて失敗したほうがまだ浮かばれる』と言うんです。それは大赤字を抱えている会社の社長が言える言葉かなと驚きました」

 結局、最終段階でやり直しをさせてもらっています。そのまま市場に出してもそこそこは売れた可能性はあるでしょう。また、発売日を遅らせることで販売も苦労するし、ユーザーの不評を買ったのかもしれませんが、2年後に「やった!」と思えたら、そのとき苦労したメンバーも報われます。いまは苦しくてもそれを売り続ける人たちのことを思い続けたら、やり直すべきだと社長は思ったんですよね。

 トヨタが過去に何をやって来たかを考えると、守り、守り、守り、なんですよ。リーマンショックまでは経済的な成長が著しく、とにかく車をつくれば売れました。商品がいいからというより、むしろ景気がいいから伸びてきたと言えます。それが苦しい状況を迎えたことで、それまでのモノづくりはどうだったかと反省を迫られた。

 社長からは「もっといい車をつくろうよ」と言われましたが、裏を返せば、「そういう気持ちでつくってなかったんじゃない?」とクギを刺されたんです。もちろん、悪いものをつくろうとは思っていません。ただ、これなら売れるだろうというモノづくりをしていた可能性があります。

 それは「このくらいでいいだろう」という油断や奢りもあったということですか?

 あったと思います。販売力もあるし、景気もいい。生産台数は毎年50万台増えていました。台数が増える面白味に囚われて1000万台を超えるか超えないかという話ばかりが聞こえてくる。でも、そのやり方で本当にいいのかなと疑問を持ったのです。

 トヨタの社員としてこれを言ってよいか迷いますが、事故というとまるで偶然のように聞こえますよね。でも、私はほとんどが事故ではなく「事件」だと思っています。必然性がそこにはある。人為的なミスです。品質とは個体の問題だけではありません。それを管理して、市場で問題が起きていることをいかに早く上に上げていけるかを含めて品質です。

 品質問題で問われたのは、会社の質、そしてモノづくりをする人の質です。人の質が車の質をつくる。それを改めて見直す機会になりました。

 事件をきっかけにトップがそれを引き締めたということですね。

 私が本社に戻ったのは59歳でした。失うものは何もない。出世しよう、大もうけしようなんていまさら思いません。デザイン本部長やレクサスのトップを任せてもらえるのであれば、チャレンジするしかないわけです。福市がやったことがダメならクビにしてくれという気持ちです。これは開き直りではなく、本気で変えるのであれば人の意識を変えるしかない。

 それから個人的な話ですが、過去に大病を患ったことで気持ちにも変化がありました。その時は、5年後に生きているかもわからない絶望的な状態でした。いまはもう完治しましたけど、明石家さんまさんが言うように、いまは本当に「生きてるだけで丸儲け」という気持ちです。

 それまでは、老後のためにお金を貯めたりしていましたよ。でも、来るかもわからない“老後”に備えるより、やりたいことをやったほうがいいと思うようになったんです。それからは欲しいものも買うし、自分のために生きるようになりました。子どもには申し訳ないが、大きな財産を残そうとも思わない(笑)。日々のストレスを溜めず、言うべきことは言うし、やるべきことはやるようになりました。

 わざわざ失敗しようとは思いませんが、人間は、チャレンジして失敗した人を悪いようには言いません。「Good try!」という言葉がありますよね。挑戦を責める人はいないんです。ただし、守りに入って失敗したら「何をやっていたんだ!」と言われるのは当然です。気持ちよく辞めさせてもらうためにも(笑)、チャレンジしたいと思います。

後編更新は、10月10日(土)を予定。

 

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