2015年10月13日・14日、“マーケティングの神様”と称されるフィリップ・コトラー氏が中心となり、「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2015」が東京で開催される。2014年よりLEXUS INTERNATIONAL Presidentを務め、またトヨタ自動車デザイン本部本部長でもある福市得雄氏は、いかなるブランド戦略、デザイン戦略でレクサスを牽引してきたのか。その哲学が語られる。インタビューは全2回。(写真/鈴木愛子)
100年の歴史に対抗するには、唯一無二を目指すしかない
編集部(以下色文字):レクサスは、ショールームに車を置かないなど、数々の特徴的なブランド戦略を実施してきました。この10年を振り返っていかがでしょうか?
福市得雄(以下略) 日本国内で販売を開始してから10年経ちましたが、そもそも、10年でブランドが構築されると考えることは大間違いだと思います。
欧米、特に欧州でプレミアムブランドと呼ばれるメルセデス・ベンツ、BMW、アウディは100年以上の歴史を経てブランドを育ててきました。数限りないブランドが存在したなかで、自然淘汰されて生き残っているのがいまある欧州ブランドです。淘汰されているため体質的にも非常に強く、そうしたストーリーを歩んで来たこと自体がブランドだと言えます。レクサスは日本で10年、北米時代から考えても26年しか経っていないものが、ブランドを構築したなどと偉そうなことは言えません。

Lexus International President、トヨタ自動車デザイン本部本部長
1951年生まれ。1974年、多摩美術大学美術学部立体デザイン科プロダクトデザイン専攻を卒業し、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。1999年同社第3デザイン部部長、2003年同社デザイン統括部部長を務める。2008年関東自動車工業株式会社に転籍。2011年トヨタ自動車デザイン本部本部長就任。2014年にはLexus International Presidentにも就任し、現在に至る。
ブランドを構築する土台としてまず、品質がしっかりしていることは不可欠です。次に、たとえばエモーショナルな走りができるどうかなど、車としての性能があります。その先にはスタイルやデザインがあり、特別さを感じる点を構築することで、やっと下地ができます。
そうして下地をしっかりとつくり上げたら、他社のプレミアムブランドが持っているようなストーリーを積み上げていく。たとえば、レクサスはどういう人が乗っているのか。知識人や社会的立場の高い人、リーダーとして活躍している人が選んだ事実は、その車の良さの裏付けになります。そして、そういう人たちが自然と出て来ることが重要です。
マーケティングの手法を戦略的に使えば、短期的なブランド力を上げることはできるかもしれません。しかし、中身がなければ表層的で格好だけのブランドになってしまう。たとえば、いまある車を有名人に配ることはできます。きっと、ブランドイメージは上がるでしょう。でも、その人が“本当に”レクサスの良さを感じて乗っていなければ、それはそのうちバレれしまうでしょうね。
下地ができていないまま急激にイメージを上げたものは、いつかほころびます。そしていったんイメージが下げてしまうと、なかなか上がりません。名前まで捨てない限り、お客様の持っているイメージは変わらないでしょう。
福市さんは、レクサスにどのようなイメージを持ってほしいと考えていますか?
レクサスブランドはトヨタブランドの高級版だろ、とよく言われます。しかし、たんなる値段が高い安いという違いしかないと取られては、そこにレクサスの存在価値はありません。トヨタブランドとレクサスブランドは名前が違うだけではなく、その役目がまったく違うのです。
まず、トヨタブランド。いまだ世界各国で車の恩恵に預かれていない人が何十億人といるなか、彼らが車の良さを知って、その恩恵を受けてもらいたい。そのためには、なるべく安価で品質のよいものを提供する必要があります。また、たとえばインドやアフリカ、東南アジアなど地域によって環境が違います。また、成熟した市場でも価値観や文化も、ライフスタイルも、ライフステージも違う。そこに事細かに対応するのがトヨタブランドです。
それに対して、レクサスブランドのターゲットはいくつも車に乗り継いできた方、車のことを良く知る成熟したユーザーです。彼らは品質や性能、デザインへの厳しい目を持っています。その要望に応えるためには、走りを良くするための技術開発や徹底した品質を実現し、時間をかけていいデザインをつくるのは必然です。コストがかかるので、結果的に車両価格は高くなります。しかし、車両価格が高いのは結果であり、ユーザーによってつくられているのです。
トヨタブランドの高級仕様がレクサスだと言われてしまうと、面白味はありませんよね。そこにストーリーを見出すこともできない。あくまでもユーザーの価値観に照らし合わせたモノづくりであると理解してもらうことが重要だと思います。トヨタとレクサスでは役目が違うのです。
10年という期間の短さを考えれば、レクサスのブランドは確立されたという印象がありますが、いかがでしょうか?
たしかに、ある程度のところまではできたと思いますが、それでもまだまだですよ。欧州のプレミアムブランドが持つ「100年の歴史」とは何を意味するのか。それは、自分のひいおじいさんやその上の世代から乗り継がれているブランドである、ということです。生まれたての赤ん坊の最初のゆりかごが車のリアシートになる。身体には車のゆれや走りが染み付いています。
それがメルセデス・ベンツだとすれば「車とはすなわちメルセデスである」と考えるのは当然で、メルセデス以外の世界を必要ともしないし、受け入れもしません。議論の余地すらない。壊れることもあるでしょう。しかし、ハードの話だけでなく、ディーラーさん、メーカーさんとの関係も親密なはずです。その安心感を捨ててまで、いまさら新しいブランドに乗り換えて、新しい人と付き合おうとは思いませんよね。
レクサスがそこで勝つためにはどうしたらいいか。それは唯一無二の車をつくることです。想像してみてください。ドイツ国内でメルセデス・ベンツでも、BMWでも、アウディでもなく、レクサスを買う意味とは何か。国内にこれだけ素晴らしい車があるなかでわざわざレクサスを買うのは、彼らにないものをレクサスは持っていると認識した場合しかない。
そこで重要なのは、絶対に彼らをフォローしない、同じモノづくりをしないという確固たるオリジナリティだと思います。品質においても図抜けていないとダメですし、技術的にも先行する。顔となるデザインについてはもっと重要です。多くのプレミアムブランドと似たようなものだと、購入された方は「ディーラーと関係あるの?」「親戚が働いているの?」と勘ぐられても仕方ない。でも、まったく違う魅力を持つ車をつくれれば、買った人が隣近所に言い訳をしなくて済みます。
オリジナリティがあり、新しい価値観にあったものをつくる。すなわち、レクサスはオンリーワンであれということです。その前提を満たしたうえで、アーリーアダプターが「レクサスはこれからのラグジュアリーブランド車だよね」と言ってくれれば、フォロワーもついてくるようになり、ブランドが築かれるでしょう。