なぜ現在の労働市場で、ソーシャルスキルがこれほど重視されるのだろうか。デミングはその理由を、「コンピュータはいまだに社会的な交流をシミュレートするのが苦手だから」だと説明する。現代の職場で重要性を増しているのは、チームメンバーの強みを引き出し、変化し続ける環境に適応することだ。デミングは言う。「チーム単位での仕事が増えているとしたら――それが事実であることを示す証拠は多いですが――他者とうまく協力できる人が評価されるのは当然でしょう。コンピュータやテクノロジーや機械は、あらかじめプログラムされた特定の作業に対しては非常に有能な半面、柔軟性に欠けます」

 柔軟性の価値を説明するため、デミングはあるモデルを開発した。貿易経済の基礎的理論の1つ、リカードの「比較優位の原理」をチーム環境に適用し、国家間の財の取引をメンバー間の業務の取引に置き換えたものだ。このモデルを単純化すれば、次のようになる(報告書では別の形でより詳細に説明されている)。

 同僚のダンとサリーナはレポートを提出しなければならない。ダンは文章を書くのが得意で、サリーナはデータ作業が得意だ。ダンの比較優位は書くこと、サリーナの比較優位はデータ分析であるため、2人が効率的に協働するには分担すればよい。そうすれば、2人がレポートを書き上げる時間と労力は軽減される。ところが、サリーナよりさらにデータ分析が得意な、ニックという共同執筆者が新たに参加したとしよう。この場合、サリーナは仕事を調整して分析作業をニックに任せるべきである。それによって彼女は、さらなる調査の実施や顧客との面会など、別の仕事ができる。

 チームでうまく働く条件の1つは、自分の比較優位が変化したときに折り合いをつけられるかどうかだ。機械は(いまのところ)それほど柔軟ではないが、人にはそれができる。サリーナはソーシャルスキルによって、必要なときにそれができたので、チームの生産性はいっそう高まった。デミングはこう言った。「このモデルは、優れたチームプレーヤーは雇用主にとって価値が高いということを表しています。他者とうまく協働できる社員が生産性を高めること、雇用主がそうしたソーシャルスキルの持ち主に高い給料を払うべきであることを、論理的に説明しようとしているのです」

 とはいえ、このモデルは概念的なものだ。チームメンバー間での仕事の割り振りに関する実際のデータを用いたわけではなく、他の要因が影響する可能性も考えられる。ソーシャルスキルがあってもチームでの生産性が必ず高まるとは限らないし、私たちがソーシャルスキルだと思っているものは、実際には認知能力の延長にすぎない(つまりIQの高い人はチームでの協働にも長けている)という推測もできる。

 ニックは文章を書くのも得意であり、もしかしたらダンと交代すべきだったのかもしれない。しかし、ダンは上司と良好な関係にあるという理由で、その役割は不動だったのかもしれない。このように、現実世界での社内政治を考慮すると、状況は複雑になる。