「営業力」は究極の能力

 以下は、この相談に触発された余談です。いまの世の中には、「スキル信仰」が横溢しています。先端的なファイナンス理論とか、M&Aに伴う会計や法務の知識とか、グローバルな人事管理のツールとか、プレゼンテーションのスキルとかTOEIC900点だとか、ついついスキルアップばかりに目がいきがちです。

 その理由は、この種の能力が「見せられる・測ることができる」という性格を持っているからです(TOEICの点数がその典型)。ただし、です。あらゆる仕事能力の中で最も強力なのは、広い意味での「営業力」、つまり実際にお客さんに価値を認めさせてお金を支払わせるところまで持っていく力です。

「モノを売る」というのは、いつの時代でも、どんな業界でも、会社にとって最も価値がある力なのです。たとえばコンサルティング業界。「先端的なビジネス・スキル」を持った優秀な人々大集合で、スキルでしのぎを削っているというイメージですが、こうした業界でも一番貴重でものを言うのは、お客をとってきて実際に「売る力」です。結局のところ、コンサルティング・ファームでもトップに上り詰めるのは、その意味での「営業力」のある人です。理由は単純。商売である以上、それこそが最も頼りになる力だからです。

 スキルがある人の経歴書には、キラキラした資格や職務経験が並んでいるものです。そういう人であれば、専門的なスキルを駆使して、先進的な人事システムやマーケティング施策を次から次へと提案できるかもしれません。ただし、その提案が経営トップに受け入れられるかどうかはケースバイケースです。

 一方で、「私が売ってきますけど、いかがですか」「私が稼いできますよ」という部下に「頼むからやめてくれ!」と言う上司はいません。必ず「ありがたい、一つ頼むよ!」ということになります。この意味で、営業力は「最終的な能力」なのです。

 しかも、「売る力」は包括的な能力でもあります。スキルであれば経歴書や点数を見ればある程度わかります。これに対して、営業力はレジュメだけでは測れない総合芸術的な能力です。仕事における総合格闘技、それが営業といってもよいでしょう。

 不動産のような商品やサービスそれ自体で差別的な価値が出しにくい業界で、最高査定に近い営業成績をあげてきたあなたは、総合格闘技のミルコ・クロコップのような存在のはず(←ちょっとたとえが古いかな?)。会社にとって貴重な戦力であることは間違いありません。ポンコツ上司が四の五の言うようであれば、ワンパンでKOです。

 間違っても「私にはスキルが足りない。より市場価値のつく女になろう」などと余計なスキルアップに励んだりしないでください。これまで実際に残してきたものを売る実績、それがあなたにとって唯一にして最強のカードです。子どもがいようがいまいが、競争の中でガンガン売ってくる。それこそが理想の必殺仕事人です。

 自信を持って、どうぞ好きなようにしてください。

※次回は2月24日(水)公開予定

■連載バックナンバー
著者インタビュー:「好きなようにする」ことは、タフで厳しい
第1回:大企業とスタートアップ、どちらを選ぶべきですか?

 

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