私が出会った奇妙な特典のいくつかは、当初は良きアイデア(「たまには社内で“ハッピーアワー”(酒類を安く楽しめる時間帯)をつくってもいいよね!」)から始まったものの、単にやり過ぎてしまった(「毎日バーテンダーにサービスしてもらおう!」)という例である。だが、私が目にする過剰特典の多くには、別の要因がある。そこに浪費できるほどの潤沢なキャッシュがあるということだ。

 比較的最近まで、スタートアップの経営における大きな特徴の1つは、限られたリソースをいかにやり繰りするかであった。歴史的に、スタートアップが従業員にストックオプションを提供してきた理由の一部には、給料を減らして少ないキャッシュを残しておきたいという事情があった。

 私がスタートアップを経営していた頃は、キャッシュの不足は避けがたい日常の現実だった。ネットフリックスの創業初期、そのビジネスモデルがまだDVDの郵送だった時代には、あらゆる経費を「DVD何枚に相当するか」という単純な基準で評価したものだった。たとえば、「他の会社なら800ドルの素敵なアーロンチェアに座れるのに」とぼやく従業員がいたら、ただこう答えた。「アーロンチェアを1つ買わなければDVDを40枚買える。金はギリギリなんだから、顧客のメリットになるように使うべきだ」

 この方程式は、ベンチャーキャピタリストたちが新規ベンチャーに資金を注ぎ込んでいる現在のブームのなかで、まったく変わってしまった。キャッシュ不足という制約がなくなり、そのキャッシュを費やして従業員を笑顔にすべく、奇天烈な方法を編み出す人材マネジャーが登場するようになったのである。

 こうした現象はいずれ、自然に改まっていくだろう。投資家はただ金をばらまいているのではなく、見返りを求めている。それが果たされなければ、キャッシュは早晩枯渇する。景気が悪くなると、企業は決まって従業員への諸手当を絞り込む。スタートアップの間で流行中の従業員特典も、好不況と同じサイクルをたどることになるだろう。

 その時まで、私が成功を見込むスタートアップ(または、もし初めて就職する立場なら選びたい会社)は、従業員がハンモックに揺られながら「本日の地ビール」を飲んでいるような会社ではない。素晴らしい同僚たちと力を合わせて重要な製品を生む、そのために従業員が出社してくるような企業である。特典はあれば結構だが、意義ある仕事のほうがもっといい。

 無料の美味しいランチや種類豊富なビールが理由で転職を決めた従業員に対し、どんな言葉をかけるべきだろうか。長年スタートアップで人材の確保に取り組んできた人間として、私はこれしか思い浮かばない。

「楽しんでね。幸運を祈る。パーティーを続けなよ」


HBR.ORG原文:Meaningful Work Beats Over-the-Top Perks Every Time February 18, 2016

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パティ・マッコード(Patty McCord)
パティ・マッコード・コンサルティング創業者。ネットフリックスの元最高人事責任者。