1.実際にどれほどアセットライトなのか?

 ウーバーのビジネスモデルはたしかに、輸送サービスを提供する他の方法に比べれば資本は少なくて済む。既存の余剰キャパシティ(車両群、およびそれを運転して稼ぎたい人々)を活用するからだ。しかしそのウーバーでさえ、顧客基盤を広げるための割引と、販促への多大な投資がもたらす影響は無視できなかった。報道によれば、中国での年間10億ドルにおよぶ資金燃焼は、他国市場への進出を妨げていただけでなく、新規株式公開(IPO)への足枷にもなっていたという。

 この点に関する誤解は珍しくない。アマゾンの欧州進出は予想以上に苦戦を強いられたが、それは初期にかかる倉庫への投資の負荷を考慮していなかったためだ。そして有形資産以外にも、人材、システム、ブランド、無形資産について考える必要があった。つまりプラットフォームの世界といえども、拡大のスピードには制限が伴うのだ。

2.そのネットワーク経済性は、グローバル規模で働くのか?

 プラットフォームの成功にはネットワークの経済性が不可欠であることは、一般に認識されている。しかし、規模の経済性もそうだが、企業の幹部はしばしばその効果を過大評価する。プラットフォームによるグローバル展開を考える際、ネットワーク経済性が働く規模はグローバルなのか、それとも国または地域レベルなのかを自問しなければならない。

 ウーバーの場合、世界でのネットワークや国内全体における稼働車の総数が、乗客の利用意向に影響を及ぼすとは考えられない。彼らにとって肝心なのは、自分の都市内でウーバーがどれだけ稼働しているかである。この点ではエアビーアンドビーのほうが優れているかもしれない。報告によれば、同社物件が利用される旅行の3分の2は、国境をまたぐものだからだ。

 この点が重要なのは、グローバル規模でのネットワーク経済性が効かなければ、国または都市ごとの競争に勝つことが求められるからである。その場合、たとえ部分的に国境を超える経済性があるとしても、中国のような巨大市場では地元企業が手強い対抗者となる。彼らは(後述する諸要因によって)、グローバル規模のライバルを打ち負かす大きなチャンスを握っているからだ。

3.ネットワークの優位を支えるスイッチングコストがあるか?

 ネットワークの経済性によって成功するには、急速な拡大だけでなく、その規模的優位を維持し続けることも必要だ。そこで不可欠となるのが、スイッチングコストである。二番手が現れて、一番手より少しだけ優れたものを提供することで全顧客を自社に乗り換えさせてしまう、という事態を防げるからだ。ウーバーの場合、地元のライバルがいる限り、乗客と運転手がそちらに乗り換えるのを防ぐ術はほとんどなかった。

 過去に教訓となる事例がある。イーベイは中国のオークションサイト易趣網(eachnet)を買収後、2003年には中国EC市場の8割を支配した。しかし、そのネットワーク優位を支える十分なスイッチングコストを築けなかった。手数料の問題、販売プロセスでエスクローアカウント(中立な第三者が管理する口座)を提供できなかったこと、そして、以下で述べる国家間の相違、などが理由だ。

4.国家間のどんな違いが、国や地域の地元ライバルを利するのか?

 プラットフォームに依拠する戦略では往々にして、国家間のさまざまな相違が過小評価される。その相違はたとえば、私が提唱するCAGEフレームワーク、つまり文化(Culture)、制度(Administration)、地理(Geography)、経済(Economics)という4つの側面における国家間の距離・壁である。

 イーベイの場合、国際化は早くから文化的な困難に直面した。米国では「コレクター品」に注力していたが、他国では「実用品」への需要が多く、本国とは大いに異なる品揃えに方針転換する必要に迫られた。一方、イー・トレードが初期に掲げた迅速なグローバル展開というビジョンは、さまざまな制度上の義務にぶつかった。国ごとに異なる規制に従って、商品・サービスを各国でほぼ全面的に設計し直すことを余儀なくされたのだ。

 アマゾンは先述したように、地理的な距離、そして現地での倉庫の必要性という問題に直面した。また経済的な壁の例として、グーグルは新興国市場で、PCよりもスマートフォンでネットにアクセスするという傾向に乗り遅れた。これは本国でも、モバイル広告への動きでフェイスブックに立ち遅れるという不利を招く。

 こうした問題は、二段階あることに留意されたい。企業はまず、国家間の相違を真摯に捉える必要がある。そのうえで、プラットフォームの経済性(その多くは標準化に依拠する)を損ねずに、それらへの対処法を見つけなくてはならないのだ。

5.市場支配に対し、どんな社会政治的制約があるのか?

 プラットフォームによる成功を論じる際に軽視されがちなのは、「非市場的」な要因によって、市場での結果に制約が生じうるという点だ。その一部は前述した制度的障壁とも重なるが、しばしばホームバイアス(海外資産よりも自国資産への投資を優先する傾向)となって表れる。

 中国の例でいえば、高付加価値サービス事業の巨大市場が外国企業に支配されることを、中国政府が見逃したままでいることはありえない。そして、滴滴出行には政府とのコネクションもあった。これらを考え合わせれば、ウーバーの事業売却は、しばらく前から必然だったのだろうと私は推測する。

 しかし、非市場的な要因の重要性は地元企業への優遇にとどまらない。結果的に勝者総取りとなれば、地元企業でさえ社会的・政治的な反発を招きやすい。中国の配車サービスについては、その事態には至っていないようではあるが(ただし中国総務省は、独占禁止法を念頭に滴滴出行の調査を始めている)。

 19世紀の米国では、巨大資本家が「泥棒男爵」として嫌われ、ポピュリストによる反発と独占禁止法の成立を招いた。今日では同様の存在として、ハイテク企業で成功した億万長者が「シリコン・サルタン」と呼ばれている。両者(の強欲)を似たものであると批判しているのは、過激な社会主義者ではない。『エコノミスト』誌のような主流メディアなのだ(英語記事)。

 こうした比較は大げさだと思う人もいるだろう。しかし、カラニックはじめウーバー幹部らによる、(米国内外で)規制当局を明らかに軽視する姿勢は、ビジネスの観点から見ても納得し難い。

 要するに、プラットフォームがどれほど注目を浴びようとも、それはグローバル化戦略に伴う諸問題への万能策ではないのだ。むしろそれは、私が「テクノトランス」と呼ぶ現象の表れであるように見える(TED動画)。つまり、「世界はテクノロジーの力によって、不可抗力的につながっていく」と信じる(強く思い込むあまり「トランス」状態になる)ことだ。この説を信奉する顔ぶれには、世界はフラット化したと宣言する識者や、デジタルの流れによってグローバル化は順調に進んでいると強調するコンサルタント、そして、多くの上級経営幹部が見られる。

 たしかに、テクノロジーはグローバル規模でのつながりを築く可能性を大いに高めている。だが、政策も重要な要因であり、時にテクノロジーよりも強く作用する。この事実を忘れる人は、相応のリスクを覚悟しておくべきである。


HBR.ORG原文:What Uber’s China Deal Says About the Limits of Platforms August 10, 2016

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パンカジュ・ゲマワット(Pankaj Ghemawat)
ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスのグローバル・プロフェッサー。経営学と戦略を担当。同校の教育・経営グローバル化センターのディレクター。スペインのIESEビジネススクールのアンセルモ・ルビラルタ記念講座教授。著書にWorld 3.0などがある。