お店などで従業員のモチベーションを上げようと、金一封制度を導入する企業が多い。しかし、金銭的報酬は長期には続かない。しかも、従業員に人参をぶら下げると、お客も人参として見てしまう悪循環が生まれる。

金一封を増やせば増やすほど、お店は荒れる

 ある全国的な小売チェーン店の話です。このお店では、期末などに各店に売上げ目標の数字を設定し、その目標をクリアすることで、金一封を出す仕組みがあるそうです。

 このような仕組みは決して珍しくないでしょう。ただ、この小売りチェーンでは、この「金一封制度」が使われる頻度が高くなってきた。そして、金額も大きくなってきたそうです。

 それで職場では何が起きたか。このような制度に慣れてしまうと、金額の多寡で店員さんのやる気が変わってくるようです。ボーナスのない期間は、店員さんの仕事ぶりが漫然としてしまう。ボーナスの金額も小さいと、どうも職場全体で燃えなくなってくる。金銭的な報酬は、一時的には効果的でも、長期的なインセンティブになりにくいという理論が見事に当てはまる例のようです。

 企業の人事管理では、動機づけ理論が浸透して、経済的報酬などの外的動機のみならず、仕事への面白さや自分の成長などの内的動機にも関心を寄せた仕組みも多く導入されており、上記の例はよくある誤りではあるものの、このような杜撰な「人参のぶら下げ方」ばかりが蔓延しているわけではありません。

 それでも、気をつけたいのは、働く人に人参をぶら下げると、彼らも、お客さんを「人参」のように見てしまう、連鎖が生まれることです。

 お店にお客さんが来たら、お金が歩いてきたかのように見てしまう。頭の中で、数字を計算してしまう。決して態度には出さないつもりでも、頭に数字を意識して対応する店員さんと、誠実にお客さんの声を聞こうとする店員さんの違いについて、お客は無意識にその違いを感じ取るのではないでしょうか。それは「なんとなく、いい感じがしなかった」という微細なものかもしれませんが、それが積み重なって、お店から遠のき、以前のような魅力を感じなくなる。この連鎖が、お店の売上げを下げる圧力としてじわじわと効いてくる。

 こういう現象が始まると、売上げを維持し伸ばすために、ボーナス制度を拡充する。あるいは、お客さんに対しても割引やセールなどで、金銭的メリットを強力に打ち出す施策を始める。これは悪循環そのものです。そしてこの循環は、じわじわと時間をかけて進行するため、連鎖そのものが可視化しにくいので、経営判断を誤るのです。

 働く人も買う人も、お金をもらう人・払う人ですが、それのみが目的ではないはずです。お買い得以外の買い物は無数にあるし、1円にもならない活動に時間もお金もかける行為は誰にも身に覚えがあるでしょう。経済の動きはお金で可視化しますが、その根本の原動力のところには、無数のお金以外の動機があること。しかもそれを、個人としては実践していても、仕事となると忘れがちになる。ビジネスの優越はお金の額で決まりますが、お金を稼ぐためには、お金以外で人が動く領域について、どれだけ豊かな想像力をもてるかがカギとなるでしょう。(編集長・岩佐文夫)