触媒的イノベーションは
社会改革を目的とした破壊的イノベーション

 アメリカは国民1人当たり医療費支出額が世界で最も高く、最先端の医療が提供されている。にもかかわらず、乳児死亡率や平均寿命といった健康指標は、生活水準の低い諸外国のそれを下回る。

 同様に、アメリカの生徒1人当たり教育費は、OECD(経済協力開発機構)加盟国中、ノルウェーに次いで第2位だが、2003年に実施されたPISA(生徒の学習到達度調査[注1])によると、数学的リテラシー分野のランキングで、アメリカは29カ国中24位だった。

 社会部門(ソーシャル・セクター)に積極的に投資しているにもかかわらず、期待に反した結果が招かれているのは、何もアメリカに限ったことではない。全世界を見渡せば、潤沢な予算がある国家や機関、富裕な個人がさまざまな社会サービスに惜しみなく資金を拠出しているが、その多くが十分な成果を生み出していない。

 このような不本意な結果に終わっているのは、ソリューションが足りないからではなく、的外れの投資のせいである。実際、社会的ニーズに供される資金の大半が、現状維持、すなわち、ソリューションは古いままで、その提供方法や受益者もほぼ同じという組織に提供されている。要するに、限られた分野向けの社会サービス──時には相当高いレベルのもの──に、その多くが費やされているのだ。

 それでも、社会サービスを享受する人々にすれば、既存のもので十分有益であり、また重要で、今後はさらなる改善が加えられるだろう。とはいえ、これらを提供する組織は、社会的ニーズでも、より単純なサービスによって、より広範囲の人たちに資するものには見向きもしない。

 いま必要なのは、数々の社会問題において、これまでとは異なるアプローチによって既存構造そのものを改革し、しかも波及効果が高く、かつ持続性にも優れているソリューションを生み出す組織への支援を強化することである。我々は、これを「触媒的イノベーション」と呼んでいる。

 触媒的イノベーションの特徴は、クレイトン M. クリステンセンの破壊的イノベーション・モデルに共通する。破壊的イノベーションは、ニーズが十分満たされていない顧客に向けて、最高のものではなくとも、ニーズに応えるには十分かつシンプルな製品やサービスを提供し、業界に風穴を開ける。

 同じく触媒的イノベーションも、サービスが充実していない社会問題に対して、ベストではないものの、必要十分なソリューションを提供することで現状を打開する。触媒的イノベーションは、社会改革──時には国家レベルの改革にもなる──を対象とした破壊的イノベーションの一種といえる。