組織運営における行動経済学の効果を示す知見が、ますます蓄積されている。単なる制度化・義務化よりも、意思決定の環境を変えることで、従業員の幸福を促進できる。


 ローカルビジネスのレビューサイトを運営するYelp(イェルプ)が、従業員わずか15名のスタートアップであった頃のこと。オフィスマネジャーは、皆が長い午後を乗り切れるようにと、キッチンに飲み物と間食を常備することにした。

 小さなキッチンの戸棚に、ジュース、水、果物、スナック菓子、そして大量のチョコレート菓子が詰め込まれた。職場にいると、まるでお菓子屋さんにいる子どもの気分であった。スニッカーズ、ツイックス、スリーマスケティアーズ等のチョコレートバー、M&M's、アーモンドチョコなど、豊富な品揃えをいくらでも手に取れるのだから。

 最初は誰もが喜んだ。午後3時の空腹に襲われても、ビルの外に出る必要すらもなくスニッカーズをかじれるのは嬉しい。

 だが、2週間も経たないうちに、筆者の1人(当時イェルプの最高業務責任者〈COO〉であったジェフ)は、自分がスニッカーズをほぼ1日1本食べていると気づく。これは2つの理由から、少し妙であった。第1に、彼はそれまで何年もの間、スニッカーズのようなチョコバー類を食べることがなかった。第2に、彼はチョコバーを実際に食べたいわけではなかった。新しくできた午後のルーチンの一環として、食べていただけなのだ。

 従業員らに簡単なアンケート調査を行ったところ、会社全体でチョコバーの消費が急激に増加していることがわかった。ただ菓子棚を設けるだけで、お菓子を食べる集団が発生したのだ。

 人の経済的意思決定は合理的である、とされる世界では、より多いこと、より多くの選択肢があることは、常に望ましい。チョコバーを欲しくないのなら、手を出さなければよい。食べることを選んだのであれば、それは食べないよりもよいことだからだ――。

 これは、経済学者が「顕示選好」と呼ぶ、極端に楽天的なものの見方である。いかなる選択であれ、所与の情報とインセンティブをふまえて決めたのだから最善であるはず、という説だ。

 だが、ジェフとイェルプの従業員は、顕示選好の大きな限界に陥ってしまった。ますます多くの研究によって実証されているが、人はみずからの利益に逆らう選択をしてしまうことがある。つまり、我々の意思決定は時として、みずからの嗜好というよりも、体系的な過ちや短期的な誘惑によって導かれるものなのだ。

 イェルプのチームは最終的に、チョコバーの消費量を減らすべきだということで合意した。まずは誘惑に打ち勝とうと試してみたが、無駄であった。チョコバーは引き続き、驚くべき早さで消えていく。

 そこで彼らは、思い切った決定を下した。選択肢が少ないほうがよいと判断し、菓子を一掃したのだ。マースのチョコバーがすぐそばにあった日々を懐かしむ声もあったものの、これは改善のための変更だと意見が一致した。

 ジェフはこのときに気づいた。COOとして会社の運営管理業務をうまくやるには、従業員が選択を下す際の「環境」について考える必要があるのだ。より幅広い視点から見ると、ここにはすべてのCOOが心に留めておくべき要諦がある。つまり、COOは行動経済学者のように考えよ、ということだ。

 これは具体的には何を意味するのだろうか。