「簡単な選択」の提供が高業績を生む

 2016年の春の終わりに、写真シェア用アプリケーション分野で業界をリードするインスタグラムが、アイコンを変更した。設立以来4億人以上のユーザーに親しまれてきた、昔懐かしいカメラを模したアイコンを、平面的で現代風の(同社デザイン部門の部長によれば)「カメラを連想させる」デザインに変更したのだ。

 ライバルのスナップチャットの脅威が次第に大きくなっているこのタイミングでの変更理由を、その部長はこう説明した。「(これまでのアイコンは)私たちのコミュニティをよく映し出していない感じがしてきて(中略)イメージを改善できると考えたのです」。

 マーケティング業界のバイブル『アドウィーク』誌は、インスタグラムのアイコン変更への評価を記事のタイトルで明確に表現した。「インスタグラムの新ロゴには無理がある。何とか前に戻せない? 本当にだめ?」

『GQ』誌の記事「インスタグラムが思い付きでしでかした、誰も望んでいなかったロゴ変更」の中で、同誌のデザイン委員会は新アイコンを「はっきり言ってひどい」「本当に見苦しい」「ゴミだ」と呼んだあげくに、次のようにまとめたのだった。「インスタグラムは、あのロゴを使ってビジュアルのブランドエクイティを何年もかけて構築し、利用者が端末のホーム画面でどこをタップすればいいか刷り込んできた。にもかかわらず、今回はそれを強調するどころか、お菓子の『スターバースト』のようなロゴにしたことで、ホーム画面からトイレに流してしまった」

 今回の変更がインスタグラムのビジネスに実際どの程度の影響を与えるかを、いまの時点で判断するのは早すぎる。しかし企業がブランドや商品の出直しを図った時に、こうした反応を受けるのは、いまに始まった話ではない。ペプシコによる人工甘味料アスパルテームを使わないダイエット・ペプシの投入は、従来の味を変えて消費者の不評を買った悪名高いニューコークと同じく、見事に失敗して売上高は激減し、結局元の路線に戻さざるをえなかった。

 こうした事例から必然的に思い浮かぶのは、「うまくやっている企業は、大胆な再ブランド化をしたいという誘惑に、どうしていつも抗い切れないのか」という興味深い問いである。深刻な危機にでも見舞われていれば、そうした戦略を採りたくなる気持ちもわかる。しかしインスタグラムも、ペプシコも、そしてコークにもそんな兆候さえなかったのだ(いまや若者の間での市場シェアがとりわけ高いスナップチャットが、お馴染みのお化けのアイコンをいまでも根気よく使い続けているという事実は、注目に値する。なお、念のために開示しておくが、本稿の執筆者アラン G. ラフリーはスナップ・インクの取締役を務めている)。

 それは、競争優位の本質について大変な思い違いをしているからだ、というのが筆者たちなりの答えである。現代はビジネスがあまりにも目まぐるしく変化するので(おそらくスマホやPCのアプリほど、これを実感できる世界はないだろう)、もはやどんな競争優位も持続できず、企業は自社のビジネスモデルや戦略、消費者とのコミュニケーションを常に新しくして、かつてないほど選択眼の高まった消費者の爆発的なニーズの変化にリアルタイムで対応しなければならない──戦略に関する新しい思想のほとんどは、こう論じる。

 いまいる顧客をつなぎとめ、新たな顧客を引き付けるには、常に顧客のニーズに応えながら、しかも顧客よりも少し先に進んでいなければならない。その点からすると、インスタグラムは自社がなすべきことをまさに行ったことになる。つまり積極的な変革である。

 たしかに鋭い意見ではある。しかしこれが思い違いであることは、多くの事実が証明している。サウスウエスト航空、バンガード、イケアの例を考えてみよう。この3社は1996年にマイケル・ポーターが『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に発表した古典的論文「戦略の本質」(囲み「必読論文」を参照)の中で、長期間にわたって持続する競争優位の代表例として紹介された。

 この論文から20年が経過したが、この3社はいずれもまだそれぞれの業界でトップの地位を占め、当時とほぼ変わらない戦略とブランディングを追求している。グーグルやフェイスブック、アマゾンは今後つまずき、あるいはどこかの新規参入企業に潰されてしまうかもしれないが、ポーターが取り上げた3つの巨大会社の競争ポジションは揺るぎないように見える。

 もっと卑近な例を取り上げると(ちなみに、この論文の筆者の一人はプロクター・アンド・ギャンブル〈P&G〉グループの一員である)、洗濯用洗剤のタイドあるいはヘアケア製品のh&sで、過去50年間ブランドマネジャーを務めてきた者たちがもし、この半世紀にわたって自分たちが築き上げてきた自社製品の優位性が、実は長持ちするものではなかったし、今後もさほど持つものではない、という話を耳にしたら、さぞ奇妙に思うだろう(ダヴのボディソープやヘルマンのマヨネーズといった長寿商品を担当するユニリーバのマネジャーも、同じように感じるはずである)。

 本稿では、行動研究に関する最新の研究成果をもとに、競争優位の持続要因についての一つの理論を提供する。この理論は、インスタグラムのような失敗も、タイドのような成功物語のどちらも説明できる。要は「完璧な選択」ではなく、「簡単な選択」を提供することによってこそ高業績は維持される、ということ。そして、ある価値提案(バリュープロポジション)が当初は顧客を引き付けたとしても、顧客をその後も引き留め続けられるとは限らない、というのが我々の主張である。

 これまでとは違うこうした世界観の下で「顧客を逃がさない」とは、消費者ニーズの変化に常に対応しながら、分析的、あるいは情緒的な顧客の選択に完全に合わせようとすることではない。ポイントは「顧客の手間をはぶいてやる」ことなのだ。そのためには、いわゆる「累積的優位」(cumulative advantage)をつくり出す必要がある。

 それではまず、買い物をする時に、我々の脳が実際にどう動くのかを見てみることにしよう。

習慣が生み出すもの

 市場でポジションを選び、標的とする顧客層に狙いを定め、顧客のニーズにしっかりと応えられる企業が成功する、というのが競争優位に関する従来の常識だ。目的は、価値提案を顧客のニーズに合わせることで何度も購買を促すことだ。常に独自性を発揮し、顧客の個別ニーズに対応しながら競合他社を退けることで、企業は持続的な競争優位を達成できる。

 競争優位に関するこの定義には、消費者は意識的な判断、おそらく合理的とさえいえる判断をしているという前提条件が隠れている。消費者が商品やサービスを買う理由が情緒的なものであったとしても、それは常に何らかの意識的な論理的判断の結果である。だからこそ、その論理を見つけ出し、それに対処することが優れた戦略とされるわけだ。

 ところが、行動心理学での多くの調査結果を見ると、購入の決定が意識的な選択に起因しているという考え方が、にわかに怪しくなってくる。脳は、何かを分析するというよりは、何かと何かのすき間を埋める装置であることがわかってきたのである。周りの世界からさまざまな雑音の混じった、不完全な情報を取得して、過去の経験をもとに欠落した部分を急いで埋めるのだ。

 直観(心にすぐ浮かび、深い考えもなしに行動に結び付くほどの強い思い、意見、好み)は、このプロセスの産物である。しかし、我々の直観的な判断を決定付けるのは、単に記憶のすき間に入ってくるものだけではない。どれくらいのスピードで、しかもどの程度抵抗なくすき間が埋まっていくのか、というプロセス自体の影響もかなり強い。このプロセスは心理学用語で「処理流暢性」(processing fluency)と呼ばれている。ある判断を下した理由を「それがただ正しいと感じたから」と表現したとすると、そこに至るプロセスは円滑に進んだことになる。

 処理流暢性は、それ自体が繰り返された経験の産物なので、経験を重ねるほどにどんどん高まっていく。ある物体を以前に見たり触ったりしたことがあると、それを認識し、他のものと見分ける能力が高まるからだ。同じことを何度も繰り返しているうちに、その物体の認識に当初は必要だったニューロンの反応が次第に鈍くなる、といった具合に、神経回路網の働き方が選択的で効率的になっていく。別の言い方をすると、刺激が繰り返されると対象を見分けやすくなって、注意力もそれほど必要ではなくなり、刺激で伝えようとする内容を速く、正確に特定・把握できようになるというわけだ。

 しかも、消費者は新しい刺激よりも刺激の繰り返しを好む傾向がある。ある製品を選択するたびに、選ばなかった製品に対するその製品の優位性が累積する。要するに、人の脳の働きに関する調査の結果、心は他の何物よりも(少なくとも、意識的な思考をするよりも)「自動性」を愛することがわかってきたのだ。脳は、選択を迫られると、何度も何度も同じことをしたがるようだ。

 タイドを使えば衣服がきれいになるという印象が長期間のうちに心の中に形成されると、実店舗の棚やウェブページ上にタイドがあってすぐに手に入るとなれば、もう一度同じものを買うほうが面倒を感じない、馴染みの行動ということになる。

 したがって、市場で最も売れている商品を選択する大きな理由は、それを買うことが最も楽だからにほかならない。どの流通経路で買い物をしても、売れ筋商品が最も目立つ。スーパーマーケットでも、量販店でも、ドラッグストアでも棚を占領するのは売れ筋商品だ。しかも、買い物客は以前にもまさにその同じ棚から同じものを買ったはずなのだ。同じ動作を繰り返すことが、自分が取りうる行動の中で、おそらく心理的に最も抵抗を感じない行動である。そればかりでなく、同じブランドを再び購入するたびに、そうすることがいっそう楽になってくる──自分の心が「よくやった」とほめてくれるからだ。

 その一方で、選ばなかった商品を買うことは次第に面倒になっていく。そして以前に買った商品が(当然のことながら)自分の欲求を満たしてくれる限り、それを購入するたびに、買わなかった商品との心理的な買いやすさ/買いにくさのギャップが広がっていく。この理屈は、昔からある商品やサービスだけでなく、最新のものにも同じように当てはまる。フェイスブックを自分のホームページにすると、そのページのあらゆる面にすっかり親しみを抱くだろう。そしてその影響は店内にずらりと並んだタイドを目の前にした時と同じくらい、あるいはそれ以上に強いはずだ。

 シェアの最も大きな、どこでも手に入りやすいブランドを買い続けると、シェアトップのブランドの地位がますます高まるというサイクルができあがる。商品やサービスを選んで使うたびに、選ばなかったほかの商品やサービスに対する優位性が累積していくからだ。

 累積的優位は(意識的な見直しを迫られるような変化がないと)ほとんど無限に積み上がっていく。30年前、利幅の大きな米国の洗剤市場でタイドの市場シェアは33%と、28%だったユニリーバのサーフをわずかにリードしていた。しかし当時の消費者の間には、ゆっくりと、しかし着実にサーフよりもタイドに手を伸ばす習慣が形成されていった。毎年この習慣の差が広がるとともに、市場シェアの差も拡大した。

 2008年にユニリーバはこの事業から撤退し、サーフ・ブランドを当時プライベートブランドの洗剤を製造していたメーカーに売却した。現在、タイドの市場シェアは40%を超え、米国の洗剤市場で圧倒的なトップを走っており、第2位の競合商品の市場シェアは10%を下回る(こうした環境でも小さいブランドがなぜ生き残れるのかについての考察は、囲み「顧客ディスロイヤルティの皮肉な副産物」を参照されたい)。

顧客ディスロイヤルティの皮肉な副産物

「『ロイヤルティ』(忠誠心)の高い顧客」を「自分のニーズに合う商品を頭で判断するか、心で感じて選ぶ消費者」と定義した場合、習慣の奴隷となってしまった消費者を「ロイヤルティが高い」と形容するのは、無理がある。実は、顧客は多くのマーケティング担当者が思っているよりもずっと気まぐれなのだ。ロイヤルティの高い顧客に依存していると信じられているブランドのロイヤルティ・スコアが最も低いなどということは、ざらにある。

 たとえば、コルゲートとクレストは米国市場をリードする歯磨き粉のブランドで、両者でおよそ75%の市場シェアを占めている。どちらの顧客ロイヤルティ(年間に購入する歯磨き粉のうち好みのブランドを買う割合)も50%だ。トムズの歯磨き粉は、メイン州に拠点を置くニッチな「自然派の」ブランドで、市場シェアは1%だが、熱狂的なファン層を持っていると考えられている。このデータを見ると、この1%はほとんどがリピーターに思えるかもしれない。ところが実際は、トムズの顧客ロイヤルティは25%──主要ブランドのわずか半分──にすぎないのだ。

 では、トムズのような弱小ブランドがどうして生き残っているのだろうか。その答えは、屈折した見方かもしれないが、主要ブランドのロイヤルティが50%ということはつまり、顧客は中小ブランドを、それらがちょうど生き残れる程度に時々購入しているから、ということではないだろうか。

 とはいっても、中小ブランドが消費者にとって「お馴染み」の商品になることはない。まったく新しいブランドが参入してきて一気にトップの地位にのし上がることはあっても、小さい辺境に留まり続けているブランドが、地位を確立したトップブランドに首尾よく追いつき追い越すことは、ほとんどありえないのである。

選択を補完するもの

「消費者の選択が意識的になることはない」、あるいは「価値提案の質は無関係だ」と主張しているわけではない。逆である。人々が商品を買う時には、そもそも何かの理由があるはずなのだ。そして、新しい技術が生まれ、新しい規制が定められると、企業は商品価格を劇的に引き下げたり、消費者が立ち止まって考えざるをえないような形で新しい特徴を打ち出したり、消費者ニーズに対するまったく新しいソリューションを提供したりする。

 したがって、「どこで戦うべきか」「どうやって選択を勝ち取るか」をしっかりと決めることは、戦略にとっては依然として欠くべからざる要素なのである。自社と同じ顧客を狙っている競争相手よりも優れた価値提案を持たない企業は、頼れるものが何もないからだ。

 しかし、もし企業が当初の競争優位を持続させたいということになると、それを(顧客の)「選択」ではなく「習慣」に向かわせるアイデアに投資しなければならない。ここで我々は「累積的優位」を次のように定義する。「累積的優位とは、自社の製品やサービスを顧客がいつも本能的に快適さを感じて選択してしまうような、当初の競争優位の上に築かれる層のことである」

 累積的優位を構築しない企業は、それに成功した企業に打ち負かされる可能性が高い。よい例が、マイスペースだ。同社の失敗は、競争優位が本質的には長続きしないことの証拠として言及されることが多い。我々の解釈は少々違う。マイスペースは2003年8月にサービスを開始し、2年も経たないうちに米国でナンバーワンのSNSサイトになり、2006年にはグーグルを抜いて米国で最も訪問数の多いサイトの地位にのし上がった。

 ところが、それからわずか2年半後にはフェイスブックに追い抜かれ、2011年にはわずか3500万ドルで売りに出された。これは2005年にニューズコープが同社買収に支払った5億8000万ドルの数十分の1にすぎない。要するに、フェイスブックに完膚なきまでに叩きのめされたのだ。

 彼らは何を間違えたのだろうか。「累積的優位の確立を試みようとさえしなかったから」というのが筆者たちの答えである。まず、マイスペースはユーザーが自分独自のデザインで個人のプロフィールページをつくることを認めた。その結果、ビジターにはそれぞれのページが非常に異なって見えた。広告の位置付けもまずかった──下品なサービスに関する広告が掲載され、規制当局の不興を買ったこともある。

 ニューズコープの買収後は広告の密度が上がったので、サイトはさらに見苦しくなった。より多くのユーザーを引き寄せるために、マイスペースは「インスタントメッセージ、求人広告、音楽プレーヤー、バーチャル・カラオケマシン、セルフサービス広告プラットフォーム、プロフィール編集ツール、セキュリティシステム、プライバシーフィルター、マイスペース・ブックリスト」など、『ブルームバーグ・ビジネスウィーク』誌が「めまいがするほどだ」と表現するほど多くのコミュニケーションツールを提供し始めた。

 こうして、自社サイトをユーザーが思わず選んでしまう快適な空間にするのではなく、ユーザーが「次は何を見せられるのだろう」と(無意識に心配するほどではなくても)ふと手を止めてしまうような、不安定な気分に常に追いやられるような場にしてしまったのだ。

 一方、フェイスブックのほうは、初日から累積的優位を構築し始めた。当初から、マイスペースにはない魅力的な特徴をいくつも引っ提げ、優れた価値提案になっていたが、同社の成功をもたらしたさらに重要な要素は、見た目と雰囲気の一貫性である。ユーザーは厳格な基準に従い、フェイスブックはその他の何にも、あるいは誰にも従わない。PC版からモバイル版へと拡張した時には、ユーザーがモバイル版でもPC版の時とほとんど同じ経験ができるようにしたというエピソードは、よく知られている。

 フェイスブックが機能の利便性を高めるために時々デザイン変更をして、厳しい批判にさらされることは事実だ。しかし、たいていの場合、新サービスを導入しても快適さと馴染みやすさが損なわれることはなく、しかも、初期段階ではユーザーが変更を選択できることが多い。「フェイスブック」という名称は、誰もが知っている「カレッジ・フェイスブック」(大学の入学者紹介アルバム)を思い浮かべるが、「マイスペース」にはユーザーが親しみを持てるようなヒントがない。

 最も重要な点を指摘しておく。フェイスブックは「馴染みやすさ」の上に累積的優位を用いて、世界で最も中毒性の高いSNSになった。だからこそ、アイコンを変更するという子会社インスタグラムの決断が、いっそう不可解なのだ。

累積的優位の必然性

 マイスペースとフェイスブックは、持続的な優位性の確立は可能であっても確実ではないことをよく示す、2つの対照的な事例である。それでは、次代のマイスペースは、累積的優位という保護膜をどう築けばよいのだろうか。ここに4つの基本ルールを紹介しよう。

[1]早く人気を獲得する

 この発想はけっして新しくない。戦略に関する最も優れた初期の論考の多くで示唆されているし、ボストン コンサルティング グループの創業者であるブルース・ヘンダーソンの思想にも見て取れる。

 ヘンダーソンがとりわけ注目しているのは、累積生産量がもたらすコスト削減効果だ。企業は何かをつくる経験を積めば積むほど、コスト管理の効率性が高まるという、現在ではすっかり有名となった「経験曲線」がそれである。企業は初期の段階で(ヘンダーソンの口ぶりに従えば「経験曲線に先んじて」)思い切った安値を設定して十分な市場シェアを獲得すれば、コストも低下し、市場シェアもいちだんと高まり、利益率も向上すると主張した。意味するところは明確だった。「最初の段階で市場シェアの優位性を築くことが重要、いや決定的に重要だ」ということである。

 マーケティング担当者は、早期に勝つことの重要性を昔から理解していた。タイドは急成長を続けていた自動洗濯機市場に狙いを定めて発売され、P&Gで最も称賛され、成功し、利益を生むブランドの一つとなっている。P&Gは1946年にタイドを発売すると、すぐにこの分野では最も大きな広告宣伝費をかけた。さらに、当時米国で販売されていたすべての自動洗濯機には常に1箱のタイドを無償提供し、顧客の習慣付けも図ったのである。タイドはすぐにこの「最初の人気コンテスト」に勝利し、その後、後ろを振り返らなかった。

 新製品のサンプルを無償提供して試してもらう、というのはマーケティング担当者の間ではよく使われる戦術である。ヘンダーソンが好んだ、思い切った価格設定という戦術も同様に人気がある。サムスンが世界中で、スマートフォンの市場シェアでトップクラスにのし上がったのも、この方法だ。アンドロイド端末のスマートフォンを非常に手頃な価格で提供し、通信業者は自社のサービス契約にそれを無償提供したのである。インターネットビジネスの場合、無償提供は習慣付けを確立する中核戦術だ。

 イーベイ、グーグル、ツイッター、インスタグラム、ウーバー、Airbnb(エアビーアンドビー)に代表されるインターネットの大成功物語はほとんどすべて、ユーザーの習慣が強く、深くなるようにサービス料金をゼロにしている。インターネットプロバイダーや広告主がサービスへのアクセス料金を喜んで払うからだ。

[2]習慣付けを「仕組む」

 ここまで見てきたように、自社の提供する製品やサービスを消費者が自動的に受け入れるようになると、理想的な結果が生まれる。要は、運を天に任せるのではなく、そう「仕組む」のだ。フェイスブックが、習慣付けを促す一貫したデザインに注力していかに利益を得ているかは、先に紹介した。そのおかげで、ユーザーにとっては、フェイスブックの利用がもはや「習慣」以上の行為となっている。いまや10億人の人々が、最新情報をチェックせずにはいられなくなっているのだ。もちろん、このプラットフォームは次第に巨大化する「ネットワーク効果」の恩恵を得ている。しかし本当の優位性は、フェイスブックから他のサービスに切り替えるには、強烈な中毒性を打ち破らなければならないという点にある。

 スマートフォンのパイオニア企業、ブラックベリーは、おそらく中毒性を狙った仕組みを意識的につくった企業の好例である。創業者のマイク・ラザリディスが生み出した端末は、ケースがブルブルと鳴り、ブラックベリーを取り出し、メッセージをチェックし、小型キーボードを親指で叩くという周期が、なるべく癖になることを明らかに狙っていた。そして彼はそれに成功した。

 ブラックベリーの端末には、ユーザーが病み付きになる麻薬(クラック)をもじって「クラックベリー」というニックネームがついた。この中毒性は相当強く、アプリをベースとするタッチスクリーンのスマートフォンが登場してブラックベリーが打ち負かされた後でさえ、ブラックベリー顧客のコアのユーザーグループは、その変化についていくことを拒み、同社の経営陣に懇願して、旧世代の端末に似たブラックベリーを復活させることに成功した。そして、その端末は「クラシック」と名付けられファンの心を安心させたのである。

 テキサス大学の心理学者、アート・マークマンが指摘したように、習慣付けを仕組むには一定のルールが重んじられなければならない。まず、購入者が遠くから見てもすぐに「それ」とわかるような要素を、製品デザインに残す必要がある。タイドの鮮やかなオレンジ色や、ドリトスのロゴなどのハッキリとした色と形がそれだ。

 また、人々の環境にうまく調和して、それを自然に使いたくなるような工夫を施す必要がある。P&Gがファブリーズを売り出した時、消費者はその機能を気に入ったが、それほど使わなかった。明らかになった問題の一つは、ファブリーズの容器の形がガラス用洗剤の容器に似ており、台所の流しの下に置いておくべきだという印象を持たれたことだった。カウンターの上や、よく見えるキャビネットの中に置かれることを目指してデザインをさまざまに変更した結果、購入後の利用頻度が増加した。

 もっとも、デザイン変更を何度もしすぎると、常習性を強めるどころか破壊してしまうという不幸な結果を招きかねない。常習性を高め、しかも再購入を促すようなデザイン変更を模索すべきなのだ。アマゾン・ダッシュ・ボタンは、優れた例を提供してくれる。アマゾンは、顧客が頻繁に使う製品を再注文する簡単な方法をつくり出して顧客の「習慣づくり」を促し、彼らを特定の流通チャネルにくくり付けている。

[3]ブランド内でイノベーションを起こす

 すでに指摘したように、企業は何がしかの危険を冒して「リローンチ」(リニューアルによる再発売)、「リパッケージ」(新デザインで包装、「リプラットフォーム」(再プラットフォーム化)に取り組んでいる。その過程では、顧客が自分たちの習慣を打ち破らなければならない局面も出てくるだろう。言うまでもなく、企業は自社製品の機能やデザインを常に更新する必要があるからだ。しかし製品やサービスの技術や機能の変更は、なるべく古いバージョンの累積的優位を引き継げるような形で導入されるべきだ。

 累積的優位の構築に最も成功した企業でさえ、このルールを忘れることがある。たとえば、P&Gは70年にわたって大きな変革をしながらタイドの累積的優位を積み上げてきたが、手痛い教訓も何度か経験している。タイド発売以降、洗剤分野での最初の大きなイノベーションが液体洗剤の開発だったことは間違いない。これに対するP&Gの最初の対応は、新ブランド、エラの投入(1975年)だった。ところが、消費者の間では洗浄力の増した液体洗剤への切り替えが進んだにもかかわらず、累積的優位がまったくなかったエラは、主要ブランドになりそこなった。

 P&Gは、タイドが洗剤でのトップブランドとして消費者に深く浸透し、強力な累積的優位を築き上げていることを再認識し、1984年に、消費者に馴染んだパッケージとそれまでのブランド路線を引き継いだリキッド・タイドの発売を決断する。後発組だったにもかかわらず、リキッド・タイドは液体洗剤市場を席巻するまでに成長した。この経験を踏まえ、P&Gはその後のイノベーションを必ずタイド・ブランドに慎重に結び付けていった。

 漂白剤を洗剤に入れる方法を研究者たちが見つけ出すと、その製品はタイド・プラス・リーチと命名された。冷水での洗濯を可能とする画期的な技術はタイド・コールドウォーターとして市場に投入され、3つの機能を一つに濃縮した革命的な製品はタイド・ポッズとして発売された。これ以上単純で明確なブランディングはあり得なかったろう。漂白剤が加わり、冷水でも使える洗剤が一つにまとまった、「あなたのための愛すべきタイド」なのだ。快適さを追求し、親しみの上に親しみを重ねたこうしたイノベーションによって、タイドの累積的優位は低下するどころか、どんどん高まっていった。

 新製品はタイドの従来のパッケージ(明るいオレンジと標的を模したロゴ)をそのまま踏襲した。タイドの歴史の中で、ロゴの模様が変更されたことは何度かあった(たとえば、タイド・コールドウォーター発売時に青いパッケージにした)が、消費者の評判があまりに悪かったため、変更はすぐに撤回された。

 もちろん、市場の要求に適切に応え、優位性を維持するために変更が絶対に必要な場合もあるだろう。そのような場合には、顧客をうまく導いて古い習慣を捨てさせ、新しい習慣を身につけさせられれば成功するはずだ。ネットフリックスの出発点は、顧客にDVDを郵送するサービスだった。同社がもし変更を嫌って創業当時のサービス形態を継続していたら、いま頃はこのビジネスから撤退しているだろう。しかし、見事な自己変革を通じてビデオストリーミング配信への移行を成功させた。

 新ネットフリックスは、それまでとはまったく異なるプラットフォームをデジタルエンタテインメント向けに売り出したのだが、新しい活動を紹介しながらも、変更の必要のなかった部分を強調することで顧客の習慣の切り替えを後押しした。わざわざ外出しなくても最新のエンタテインメントを楽しめる定期購読サービス、という外形と雰囲気を変えなかったのだ。したがって、顧客はそれまでの習慣をなるべく維持しながら、必要な変更点だけに対処すればよかった。「新しい」は、ブランドマネジャーや広告会社には実に素晴らしい響きかもれないが、顧客にとってみると、それよりも「改善した」ほうが、はるかに快適で安心なのである。

[4]コミュニケーションをなるべくシンプルにしておく

 行動科学の創始者の一人、ダニエル・カーネマンは、人の意思決定を習慣に基づく無意識の「速い思考」と意識的な「遅い思考」とに分けた。マーケティング担当者と広告会社は往々にして、「遅い思考」モードの中に生きているように見える。彼らは、新しい製品やサービスが提供する多くの利点を織り交ぜ、それらに注目した巧妙な仕組みに対して業界からの栄誉を得る。たしかに、記憶に残るほどの優れた広告が顧客の習慣を変えることはある。意識的な「遅い思考」の持ち主は、いったん注意を向けようと決心すると、次のように反応するかもしれない。「何て素晴らしいのだ。もう待てない!」

 しかし広告を見た人たちが(大半の人がそうだと思われるが)よくよく注意しておかないと、非常に優れたメッセージが逆効果になる場合がある。数年前にサムスンのギャラクシーS5の広告で起こった事例を、考えてみよう。その広告は、スマートフォン一般に共通する問題点として(a)防水機能がない、(b)子どもたちが誤って迷惑メールを送ってしまう危険性がある、(c)バッテリーの交換が面倒だ、という点を、一連の絵で示すことから始まった。そして、サムスンS5はそれ以前のスマートフォンと見た目がほとんど変わらないにもかかわらず、この3つの欠点を克服した、と誇らしく宣言したのだ。

「遅い思考」の意識的な消費者がこの広告全体を見れば、S5が他のスマートフォンとは違って優れた製品であることを、十分吟味して飲み込んだかもしれない。ところが、その広告を見た圧倒的多数の人々は「速い思考」の消費者だったと思われる。つまり無意識のうちに、S5には3つの欠点があると、とらえてしまったらしい。購入を決める時に、「防水、子どもの迷惑メール、バッテリー交換という問題を抱えたスマートフォンを買うな」という無意識の警告に左右されたものと思われる。実際、この広告を見て、防水効果に関するメッセージがわかりやすいiPhone7をはじめ、競合他社製品の購入を促されたようなのだ。

「人の心は怠け者」──この点を忘れてはいけない。人々は、非常に複雑なメッセージを吸収するために意識を集中させたくないのである。

 単にサムスンS5の防水性を示して、いやむしろ、S5を買って営業マンから完全な防水性があることを話してもらっている顧客を見せるだけのほうが、はるかに強力な印象を残しただろう。そのような宣伝は「速い思考の人々」に直接訴えかけるはずだ。店に行ってサムスンS5を購入しろ、と。もちろん、こうした広告が、宣伝コピーの優秀性に注目しているマーケティング担当者たちから、何らかの賞を受けることはないだろう。

* * *

「競争優位の死」という発想はあまりにも誇張されすぎた。競争優位はこれまでと同様、今後もずっと持続する。今日が過去と異なっているのは、顧客との対話とイノベーションが果てしなく続く世界では、企業は常に、消費者に自社の価値提案を意識的に(合理的または情緒的に)選ばせ続けるよう仕向けることで初めて持続性が実現できると、多くの戦略家が確信しているようだ、という点である。

 しかし、意思決定においては、無意識の比重が高いことを彼らは忘れているか、けっして理解してこなかった。「速い思考の人々」にとっては、手に入りやすく、革新的ではあるものの、見つけるのがやや難しく、新しい習慣が必要とされる馴染みのない製品とサービスよりも、心地よい購入習慣を後押ししてくれる製品とサービスが、結局は勝る。

 自社の価値提案とブランディングを常に更新し続けるという罠に陥らないよう、気をつけるべきだ。どんな企業でも(実績を積んだ大手企業、ニッチ分野で活躍するプレーヤー、新規参入者のいずれも)、累積的優位に関する4つのルールを理解し、守ることによって、優れた価値提案が提供する当初の優位性を維持できるはずである。

必読論文

「競争優位とは何か」については、多くの専門家が長年にわたって論争を重ねてきた。

 以下に紹介するのは、この問題について最も影響力の強い、4本の傑出した論文である。いずれも『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』のサイト(https://dhbr.diamond.jp/)で見つけることができる。

「戦略の本質」
マイケル E. ポーター
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/180
 1996年に発表されたこの記念碑的論文で、ポーターは、優れた業績の達成に業務効果は必要条件だが十分条件ではない。なぜならば技術は簡単に真似できるからだ、と論じている。戦略の本質は、他社がなかなか模倣できない活動の中に根づいている、独自で価値のあるポジションを選択することなのだ。

「顧客ロイヤルティを測る究極の質問」
フレデリック F. ライクヘルド
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/894
 2003年に発表されたこの論文は、NPS(ネットプロモータースコア)を紹介した。NPSは顧客がある製品をどの程度推薦したいか測る簡単な指標である。これは顧客ロイヤルティに関する信頼できる指標であり、売上高の伸びを最もよく予測すると、ライクヘルドは述べる。

「一時的競争優位こそ新たな常識」
リタ・ギュンター・マグレイス
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/2151
 企業は、持続する競争優位を確立しなければならないという概念にあまりにも囚われてきた、とマグレイスは主張する。今日の事業環境はあまりにも変動が激しく、企業は何カ月もかけて長期戦略を練っている暇はない、と2013年の論文で主張する。むしろ、企業のリーダーは、急いでつくり、すぐに捨てられる「一時的な競争優位」のポートフォリオを必要としているのだ、と。

「競争優位は『川下』でつくられる」
ニラジ・ダワル
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/3107
 何十年にもわたって企業は工場を大きくし、原材料をなるべく安く仕入れ、効率性を高めるといった新製品の製造に関わる「川上」の活動で競争優位を追求してきた。しかしこれらはいずれも簡単に模倣される。ダワルは、2013年に発表したこの論文で、競争優位が次第に市場の側、つまり「川下」に移っていると指摘する。重要な問いは、「ほかに何がつくれるか」ではなく、「顧客のためにほかに何ができるか」なのだ。


鈴木立哉/訳
(HBR 2017年1-2月号より、DHBR 2018年3月号より)
Customer Loyalty Is Overrated
(C)2016 Harvard Business School Publishing Corporation.

PHOTOGRAPHY: Bruce Peterson

アラン G. ラフリー(A.G. Lafley)
プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のCEOを2015年に退任し、現在はスナップ・インクの取締役を務める。

ロジャー L. マーティン(Roger L. Martin)
元トロント大学ロットマンスクール・オブ・ビジネス学長。アラン G. ラフリーとの共著書にPlaying to Win: How Strategy Really Works, Harvard Business School Press, 2013.(邦訳『P&G式 「勝つために戦う」戦略』朝日新聞出版、2013年)がある。本論文は、P&Gの行動科学責任者であるクレイグ B. ワイネットの論文に触発されたものである。