左脳思考の限界

 ほぼ1世紀もの間、西洋社会全般、特にアメリカ社会では、きわめて分析的に社会生活をとらえる思考やアプローチが大勢を占めていた。コンピュータ・コードを操るプログラマー、巧みに契約をまとめ上げる弁護士、ビジネスの数字をバリバリ処理するMBAホルダー等々──。

「情報の時代」に生きる我々の経済や社会は、論理的で線形な、まるでコンピュータのような能力を基盤に築かれてきた。しかし我々は、新たな時代を迎えつつある。これからは、創意や共感、そしてビジョンによって社会や経済が築かれる時代、すなわち「コンセプトの時代」となるだろう。

 この新しい時代を動かしていく力は、これまでとは違った新しい思考やアプローチであり、そこで重要になるのが「ハイ・コンセプト」と「ハイ・タッチ」である。

 ハイ・コンセプトとは、新たなパターンやチャンスを見出す能力、人々の感情に訴える美を生み出す能力、人々を説得させる話のできる能力、一見ばらばらな概念を組み合わせ、何か新しい構想や概念を生み出す能力と定義できる。

 ハイ・タッチとは、他人と共感する能力、人間関係の機敏を感じ取る能力、みずから喜びを見出し、またほかの人々が喜びを見つける手助けをする能力、そしてごく日常的な出来事についてもその目的や意義を追求する能力といえる。

 情報の時代からコンセプトの時代への変化を読み解くカギは脳にある。我々の頭のなかにあるそれは、ご承知のとおり、右脳と左脳に分かれており、左脳は逐次的、論理的、分析的に情報を処理するが、右脳は非直線的で、直観的、本能的、包括的、全体的に機能する。

 これまでの時代を象徴する能力、すなわち情報の時代を引っ張ってきた左脳思考はむろん今後も必要だが、もはやそれだけでは十分とはいえない。そして、かつては軽視され、取るに足らないものと見なされた能力、つまり創作力、共感、喜び、意義といった右脳思考が重要になっている。

「いい成績を取りなさい」「大学へ行きなさい」「人並みの生活が送れて、できれば少しばかり人から尊敬されるような職業に就きなさい」。私が少年時代を過ごした1970年代のアメリカでは、中流家庭の親たちは、子どもたちに判で押したように同じことを言い聞かせていた。

 数学や理科が得意ならば医者に、国語や歴史が得意ならば弁護士になれと言われた。血を見ることに耐えられず、弁が立つほうでもないという人は会計士を勧められた。

 その後、机の上にコンピュータが置かれ、CEOたちが雑誌の表紙を飾る時代になると、本当に数学や科学が得意な若者はハイテク業界へ進み、その他大勢は、MBAこそ成功のカギと考えてビジネススクールに押し寄せた。