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経営においても「失敗は成功の母」である
1984年に分割される前のAT&Tは、次のような失敗を犯した。当時、アメリカの電話会社には、支払い能力の有無を問わず、あらゆる地域のあらゆる世帯にサービスを提供する義務があった。
しかし、全米で年間に新規加入する約1200万人による料金の滞納は、毎年4億5000万ドルを超え、そのためAT&Tは、この信用リスクや機器の未返却、破損への担保として、一部の新規加入者から保証金を徴収してもよいことになっていた。
傘下の地域電話会社22社は、各自で複雑な統計モデルを開発し、リスクが最も高い顧客を割り出し、保証金を徴収していた。ただし、この統計モデルの正否が確かめられたことはなかった。そこで彼らは、正否を確かめるため、数百万ドルもの負担を覚悟し、あえて失敗を計画し、実行することを決めたのである。
彼らは、統計モデルで高リスクと判断された顧客のなかから、約10万人を無作為に抽出し、1年近くにわたって保証金を課すことを控えた。つまり、明白な失敗を犯したわけである。
新規顧客の一定数は、間違いなく料金を滞納し、機器を返さない。被害総額は数百万ドルに上ると考えられた。しかしAT&Tとしては、それだけの損害を被っても、高リスク顧客と通常の顧客との違いを明らかにしたかったのである。
ところが驚いたことに、実施してみると、高リスク顧客の大半は、料金を期限内に全額納め、電話機も破損することなく返却していたのである。この新しい発見に基づいて、ベル研究所は、地域電話会社が開発した信用スコアリング・モデルを再検討し、スクリーニング戦略を飛躍的に高めた。そしてその結果、AT&Tの売上げはその後10年間、年平均1億3700万ドル増加したのである。
AT&Tのように、わざわざ間違った道を進もうとする企業はきわめて少数派である。しかし、当初は間違いだと思われていた戦略が大きな利益を生むケースが実際にあるように、間違いだと思う道にあえて進むことには意味がある。
たとえば、「ハブ・アンド・スポーク」として知られるフェデラル・エクスプレスの流通システムのような素晴らしいアイデアでさえ、当初は専門家たちから否定されていた。また、空港と都心以外でレンタカーを借りる人がいるなどとは、エンタープライズ・レンタカーが登場する以前はだれも考えなかった。
トーマス・エジソンは、長い年月をかけて蓄音機を開発したが、蓄音機の商品価値を信じていたわけではない。つまり、あまり売れそうもない製品の開発に時間とエネルギーを注ぎ込むという「失敗」を犯したわけである。
広告業界の草分け、デイビッド・オグルビーは、ボツにした広告をあえて使ってみた。自分の判断基準を試し、向上させるためである。こうした試みの多くは、彼の予想どおり、惨憺たる結果に終わったが、なかには成功を収めるものもあり、広告という不確実な世界にあって革新的手法を示すことになった。