米国ではミドルクラス(中間層)が減少しているという指摘があるが、不思議なことに、サービス業をミドルクラスに引き上げるべきだという議論は起こらない。企業リーダーたちの多くが、サービス業を中間層の定職にふさわしい職業とは捉えておらず、それゆえに低賃金の現状を問題視しないのだ。だが、マサチューセッツ工科大学のゼイネップ・トン氏は、労働人口の多くがサービス業従事者である以上、その環境を改善することは必須だと指摘する。
米国は、かつての健全なミドルクラス(中間層)を失いつつあり、それを何としても回復しなければならない。そのためにはどうするのか。製造業の雇用再生だと言う人もいれば、いまある富の再分配や、最低所得保障だと言う人もいる。学界は技能訓練や生涯学習を主張する。米国の主要企業のCEOでさえ、高給の仕事をつくる必要があると考えている。
しかし、すでに存在している低賃金の職種――大部分がサービス業――の改善策については、ほとんど誰も語っていない。見識ある企業リーダーや思想的リーダーの中でさえ、そうした職はよりよい職に就くための足がかりであり、中間層の定職としてはふさわしくないと考えている人が少なくない。だが、これらの職を改善せずして、十分な規模のミドルクラスを築くことはできない。
昨年、米国の労働人口のおよそ30%にあたる4200万人が、小売、飲食サービス、介護、看護補助、清掃、保守の仕事に就労し、そのすべてで時給の中央値が15ドルを下回った。その人口は、製造職910万人、技術職推定470万人に比べて、はるかに多い。米国で最も人口の多い職業は、過去10年間変わらず小売販売業であり、2018年の時給の中央値は、たった11.33ドルだった。いまから2026年までのあいだに最も成長すると見込まれている職種は、訪問看護助手と介護助手であり、その時給の中央値は、わずか11.63ドルと11.55ドルである。
こうした労働者は、家賃や医療費などの生活費の支払いにも苦労し、引退後や緊急時に備えて貯蓄をしたり、自動車のバッテリーを交換したりすることすらままならない。勤務スケジュールが安定しないため、収入だけでなく、子どもの教育や家族の医療にも悪影響が及んでいる場合が多い。小売業で働くある労働者が話してくれたように、「いくらでも替えの効く、価値のないロボット人間」だと雇用者から見なされている場合が多い。
彼らはミドルクラスではなく、ミドルクラスに向けて前進してもいない。それを改善しなければならないのだ。こうしたどん底仕事の多くは、生活費が賄える給料やより優れた福利厚生、まともな勤務スケジュール、よりよい機会を提供する「よい職場」になりうる。なぜそれが言えるのかというと、非常に成功している、異なるビジネスモデルを採用する小売チェーン数社が、すでにその方法を見出しているからだ。