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睡眠不足は酩酊状態と変わらない
2002年6月10日深夜零時30分、イスラエル・レーン・ジュベール一家8人は、テキサス州ボーモントでの親族会を終え、長い家路に就いた。ジュベールは翌朝8時の出社に間に合うようにフォートワースの自宅へと向かっていたが、運転中に居眠りしてしまい、自家用車の〈シボレー・サバーバン〉を、駐車中の18輪トラックの後方に激突させた。ジュベール本人は一命を取り留めたが、妻と6人の子どものうち5人が犠牲となった。
ジュベール一家の悲劇は、ほとんど不眠不休で働く人たちの間に広がる睡眠不足の問題を端的に物語っている。アメリカ運輸省国家道路交通安全局(NHTSA)によると、ドライバーの疲労が原因の交通事故は、アメリカ国内だけで年間135万件以上にも上るという。
睡眠不足が人間の認知能力に及ぼす悪影響はいまさら言うまでもなかろう。18時間以上起き続けていると、反応速度、短期あるいは長期の記憶力、集中力、判断力、計算処理、認識速度、方向感覚など、すべての認知能力が低下し始める。毎晩5、6時間の睡眠を数日間続けていると、睡眠不足が蓄積し、これらの認知能力がさらに低下する。また、睡眠不足は、高血圧から肥満まで、あらゆる身体疾患とも関連している。
にもかかわらず、モーレツ主義を謳う企業風土のなかでは、睡眠不足が、バイタリティやパフォーマンスの高さといまだに混同されている。出世欲に燃えるマネジャーは、週に100時間働きながら、毎晩5、6時間しか寝ず、一日8杯のコーヒーを飲みながら、何とかしのいでいる。ちなみに、コーヒーは石油に次いで、世界で最も広く売られている商品である。
ウォールストリートのトレーダーは夜11時か12時に就寝し、早朝2時半に携帯電話のアラームで目を覚まし、DAX(ドイツ株価指数)の始値をチェックする。
出張続きのビジネスマンは、東京、セントルイス、マイアミ、チューリッヒと、世界各地を点々としながら、カフェインと時差ぼけでぼやっとした状態で仕事をしている。
M&Aの担当者は眠い目をこすりながら飛行機に乗り、レンタカーに飛び乗り、不慣れな街中を飛ばして、朝8時から細心の注意を要するミーティングに臨まなければならない。
こんな調子で働いているビジネスマンは、自分自身だけでなく、一緒に働く同僚、所属する会社、そして一般の人たちを危険にさらしている。ハーバード・メディカルスクール・バルディーノ記念教授のチャールズ A. ツァイスラーによれば、睡眠不足を削って働く「男気」を奨励するような企業風土など、ナンセンス極まりなく、リスクでしかないことは明々白々であり、とても賢明なマネジメントとはいえないという。
彼に言わせれば、企業は社員の身を案じる施策、たとえば職場での喫煙や飲酒、有害薬物の禁止、セクシュアル・ハラスメント対策などを講じている一方で、社員を自己崩壊寸前へと追いやっている。
ほぼ一日中「スイッチ・オン」の状態を続けることは、酩酊とまったく同じ機能障害を引き起こす。人間の睡眠サイクルと、睡眠と覚醒に関する生物学の世界的な権威の一人であるツァイスラーは、睡眠という人間に不可欠な行為の生理学的な背景を最もよく理解する人物だ。