
自己認識が複雑化したことで、自分のアイデンティティが既存の性別、人種、民族の分類に当てはまらないと感じる人が増えてきた。ジェンダーの多様性はもちろん、その時々の状況や場面によってもアイデンティティは変わる。組織がこの現実を理解していないと、従業員を既存の分類の中に無理やり押し込むこととなる。本稿では、アイデンティティに関する思い込みを明らかにして、組織と従業員のギャップを埋める3つのアプローチを紹介する。
この10年で、自分のアイデンティティが、既存の性別や人種や民族の枠組みに当てはまらないと明言する人が増えてきた。人々の自己認識が、ニュアンスや複雑性をもっと反映するように進化してきたのだ。
もはや「彼」か「彼女」かだけが適切な代名詞ではなくなった。人種と民族のアイデンティティも、時間と場所によって変わることがわかっている。
世界の多くの地域で、こうした変化が文化的に認められつつある。それは、国境を越えた移住の増加、異人種間結婚や異民族間結婚、欧米文化における独自アイデンティティを主張する声の高まり、そしてユニークな経歴やニーズを持つ人たちがコネクトできるソーシャルメディアの普及など、多くの社会的トレンドにより後押しされてきた。
それなのに、ほとんどの企業は、こうした社会の変化から後れをとっている。世界を単純な二元的な場所と見なす長年の文化的規範を反映して、組織は従業員を人口動態的なグループに分けるシステムを維持してきた。
それによる問題は生じていないのだろうか? 私たちは最近の研究で、この問いを追究した。著名な経営学会誌に発表された300件以上の学術論文を集めて分析することにより、職場における性別、人種、民族に関する思い込みを探ったのだ。対象となる論文は、1996~2015年の20年間に発表されたもので、組織における多様性をテーマにした論文とした。
その結果、大多数(約95%)の論文が、人種と性別と民族を、伝統的で規範に基づく方法で分類していることがわかった。これはおおむね慣例に沿った結果だが、なかには政府の法令により人を(しばしば二元的な)条件で分類することが必要とされている場合もあった。
こうした分類が、変わりゆく文化とどのように「衝突しているか」を理解するために、私たちは大衆メディアや、ブログ、非営利団体など多様なソースを調べて、非伝統的なジェンダーや人種や民族的アイデンティティを主張する人を探し出して、検証した。すると、職場の分類方法に自分が当てはまらないと感じている従業員は、職場でのけ者にされ、場合によっては脅されているとさえ感じる可能性が高いことがわかった。
組織の方針や慣行が、従業員が自認するアイデンティティと一致しないとき、その人のアイデンティティ自律性(自分のアイデンティティを自分で自由にコントロールできるという感覚)と、アイデンティティ正統性(自分のアイデンティティが有効で現実的でまっとうなものだと見なされているという感覚)は抑制される。
すると、彼らのやる気とエンゲージメント、成績、そして職場に対する全体的満足感が低下する恐れがある。また、独自のアイデンティティを「普通」と考えがちな若い世代の従業員は、伝統的な組織的アプローチを取る会社が、現実をわかっていないと感じる。
要するに、ほとんどの企業のアイデンティティに関する方針と、従業員(と顧客、クライアントなどのステークホルダー)の複雑化する自己認識の間で、ズレが大きくなっている。したがって改革の第一歩は、こうしたズレを大きくしている、既存の思い込みを認識することだ。私たちの研究では、4つのよくある思い込みが何度も浮上した。