働き方を再構築する

 リーダーにとっての2つ目の課題は、新しい働き方を見出すことだ。

 繰り返しのワークフローやルーチンの取引は最初に自動化されるものの典型例だが、長らく人が行ってきた複雑な決定を要する領域にまで、AIは侵入を始めている。これを脅威と捉えるのではなく、どのように働き、なぜそうするのかを考え直す機会と受け止めるべきだ。

 スイスを拠点とする金融大手UBSでは、CIO(最高情報責任者)のマイク・ダーガンが描くデジタルトランスフォメーション計画の土台にAIの利用がある。

 彼の説明によると、ここ数年間、多様なAI関連プロジェクトが銀行内の至る所に立ち上げられており、そうしたプロジェクトの中には不正検知からコンプライアンス、リスク管理から人事関連データの高度分析、外国為替取引を容易にする新システムなどが含まれる。

 UBSのデジタルトランスフォメーションの目的は、どのように顧客にサービスを提供して投資戦略を立てるべきかから、ミドルオフィスやバックオフィスのタスクに至るまで、銀行全体のバリューチェーンをとらえ直すことだ。

 USBにおける一連のAI関連プロジェクトをつなぐ共通のテーマは、機械がやるべき仕事は何で、人間が最も付加価値をもたらす仕事は何かに関する、新しい見方である。ダーガンに言わせれば、「単純なタスクを自動化するにつれ、人間はいっそう洗練された役割を果たすことになる」。

 ダーガンはその例として、毎日多くのログを生成する、UBSの複雑なネットワークインフラの管理に関わる課題が増加する一方であることを挙げた。いまではそれらのログを手作業でモニターするのではなく、システムからの警告を読み取る際にAIを活用し、事前に深刻な問題を見つけ出すために自然言語処理アルゴリズムを使う。

 もちろん、人間にもこのようなタスクがこなせることは間違いない。しかしダーガンの試算では、そのためには最低でも1万人のチームが必要だった。

 ほとんどの大組織と同様に、UBSでも自動化が雇用に影響を与えていないわけではない。機械がこなすタスクは、これまで以上に増えているからだ。しかし、高度な自動化なしでは自分たちの仕事はとうていこなせないと、多くのUBSの従業員が感じていることもまた事実である。

 現在では、銀行内で2000以上のソフトウェアボットが稼働しており、その数は増え続けている。パンデミックの最中にも、スイスでの新型コロナウイルス対策の融資要請に応じる顧客アドバイザーを補助する新しいボット6つが、わずか3日間で完成した。

 テレメトリーと呼ばれる早期警報と異常検知に加え、自動化と自動修正による解決法のおかげで、金融市場でボラティリティが上昇して取引高が増加し、最高取引量が4倍になっても、UBSは安定性を維持することができた。

 金融サービス業のデジタル化は人々の働き方だけでなく、他の組織との接触方法や連携の仕方をも変える。小売業や運輸業のような経済の他のセクターと同様に、銀行は成長や競争のためのプラットフォームになる必要があるだろう。古いインフラや保守的な考え方を持つ伝統的組織にとって、これは容易に解決できる課題ではないが、適切に実現できれば企業が得るものは大きい。

 アップルカードがよい例だ。その発表は物議を醸したが、劇的だった。ゴールドマン・サックスのCEOであるデイビッド・ソロモンは、「いままでで最も成功したクレジットカードのローンチだった」と評した

 迅速な開発を後押しした要因の一つは、アップルカードの開発・リリースが完全にクラウドベースの生産環境で行われたことだった。これこそが、伝統的な銀行業と「サービスとしての銀行業」の違いだと考えるとよいだろう。

 マーカスの場合も、「サービスとしての銀行業」のプラットフォームこそが「競争優位を保つモート(堀)」だとタルウォーは言う。拡張可能かつアジャイルで、時代遅れにならない差別化されたITインフラを持つことが、伝統的なリテールバンクとの競争で優位に立つ方法だと、タルウォーは信じている。

 マーカスは顧客の獲得に多数の支店を開設したり、伝統的なマーケティンングに頼ったりするのではなく、APIマイクロサービスアーキテクチャに基づくITインフラを利用することで、アップルやアマゾン・ドットコム、ジェットブルー、インテュイットとの流通提携関係を築くことができた。

 ある意味で、これらはすべて、AIが仲介するデータ共有に根差した関係だ。たとえば、アマゾンの納入業者に対してマーカスは、インターネット商取引活動のデータに基づき、リボルビングクレジット枠を提供している。

 この観点から、リテールバンクであるマーカスは、ゴールドマン・サックスのデジタルバンキングプラットフォーム上で起動するアプリケーションと見ることもできるだろう。

 ゴールドマンは独自の「金融クラウド」を構築する野望を表明している。現在では、顧客にAPIを提供して、商取引関連の銀行業務やリスク管理プラットフォームを使うように促すことで、金融エコシステムの他の部分にまで力の及ぶ範囲を広げようとしている。