
人工知能(AI)の活用が進むにつれ、人間の労働を機械が代替し始めている。ただし、人間と機械は競争関係にあるわけではない。それぞれが持つ「知能」は本質的に異なるからだ。筆者らは、人間の知能と機械の知能を組み合わせることで生まれる「拡張知能」が、知的労働の未来を切り開くと主張する。本稿では、チェスのグランドマスター(最高位)のガルリ・カスパロフによる革新的な事例を紹介しながら、AIの力で人間の知能を拡張するために何をすべきかを提示する。
今日の経済において、データは企業の価値創出と競争の方法を変貌させている。人工知能(AI)を大規模に活用すれば、2030年までに世界経済に最大15兆7000億ドルの効果がもたらされるという専門家の予測がある。
AIは企業のあり方を変えている。このため、仕事を遂行する主体も変わり、組織は人間の従業員を知能機械に置き換え始めるだろうと考える人は多い。
これはすでに起きていることだ。製造業、サービス業、人材斡旋業、金融業などで知能システムが人間を代替し、結果として人間の働き手の間で、より賃金の低い職への移行や失業が生じている。この傾向を踏まえ、2040年の労働力がどうなっているかはまったく予見できないと結論を下す人もいる。
しかし、人間と機械は本当に、互いに競争しているのだろうか。
労働の歴史は――特に産業革命以降は――人々が仕事を機械に委託してきた歴史でもある。それらは最初は織物のように機械的で、反復される物理的な作業だったが、機械は進化を遂げ、いまでは複雑な認知作業ともいえる仕事を実行できるまでになった。たとえば、数学の方程式の計算、言語と音声の認識、文章作成などである。
このため、機械は人の身体作業だけでなく、思考作業も再現できる状態にあるようにも思える。21世紀に入り、AIは多くの作業で人間に勝るほど進化しているため、人々が自分の知能をテクノロジーに委託する準備は整ったようにも見受けられる。
このような最近の傾向を踏まえると、近い将来に自動化できないものなど皆無だと考える人もいるだろう。つまり、機械に代替される心配のない仕事や職など存在しない、という見方である。
労働の未来に関するこのような展望は、ゼロサムゲーム、すなわち勝者は一方だけであるかのような様相を呈している。
しかし筆者らは、職場でのAIの役割に対するこうした見方は間違っていると考える。AIが人間の働き手を代替するか否かという問いは、AIと人間が同種の特性と能力を持っていることを前提としている。だが、実際にはそうではない。
AIで動く機械は迅速で、より正確で、常に合理的だ。しかし、直感や感情では動かず、文化に敏感でもない。これらの能力はまさに人間が有するものであり、力を発揮できる部分でもある。