
育児休暇を終えて職場に復帰する時には、期待と不安が入り混じる。特に、初めて子どもを持った親の場合には、休んだ分を取り返そうと躍起になることもあるだろう。だが、すぐに以前と同じように仕事をすることが難しい場合がある。体力も感情も責任も、出産前とは異なるからだ。問題は、職場復帰が産後うつを発症したり、その症状が悪化したりするリスク要因になることである。本稿では、そのリスクを軽減し、自信を持って仕事に復帰するために必要なステップを紹介する。
サラは、物事を極める術を知り尽くしていた。
学生時代には、全米大学体育協会ディビジョン1のサッカー選手として活躍し、卒業後は有名なグローバルIT企業に就職して、競争の激しいビジネスの世界に難なく馴染んでいった。エントリーレベルのイベントプランナーから5年でシニアマネジャーに昇進したサラは、緊急の課題に即座に対応できる人物として、組織の中で知られるようになった。
そして2018年8月、彼女は自分が妊娠したことを喜びとともに知った。翌春、サラと夫は女の子を授かり、アメリア・ジーン(略してAJ)と名づけた。
AJは元気に成長していたが、サラの休職期間中、数々の複雑な変化があった。夫の新しい仕事のために、サンアントニオからオースティンに引っ越すことを決めたが、サラは知り合いも安らぎもない新しい街で取り残されたように感じていた。
それでも、3カ月の育児休暇を終えて職場に復帰すれば、また自分らしく、生きいきと思い通りに過ごせるようになると信じていた。
サラの雇用主は、彼女が以前と同じように仕事をすることを期待し、サラもそれを否定しなかった。彼女自身もフルタイムで働く生活に戻れると思っていたし、その意欲もあった。しかし、そうはできないことがすぐに明らかになった。
それは、ラスベガスで開催される大規模で複雑なトレードショーの仕事をしている時のことだった。自宅から飛行機で移動すること3時間、サラは自分の中に違和感を覚えた。自分が何をしているのか、まったくわからなくなってしまったのだ。
出張が続いていたため、平均すると1日45分しか娘に会えていなかった。空港の保安検査場では、手荷物に入れていた母乳を係員に台無しにされたり、「なぜ子どもと一緒ではないのか」と嫌がらせを受けたりした。
サラは気がつくと、いつも情緒不安定で、自分が失敗することばかりを考えていた。睡眠不足に陥り、口囲皮膚炎にも悩まされるようになった。やがて、さまざまな自殺願望を抱くようになったが、そのことは夫を含めて周囲の支援システムに隠し続けていた。サラは重度の産後うつ病(PPD)を患っていたのだ。