
メンタルヘルスが悪化し、希死念慮を抱いたり、自殺を図ったりするリスクを抱える人が増えている。みずから命を絶つ行為は、個人の属性や環境条件、自殺手段へのアクセスを含めて、さまざまな生活要因の影響を受ける複雑な現象だ。しかし、職場体験が自殺行動に関連する事実を考えれば、組織には従業員の自殺予防に取り組む義務がある。本稿では、自殺の職場要因について解説したうえで、組織が講じるべき3つの措置を紹介する。また、同僚を自殺で亡くした場合に、遺された従業員をサポートするための事後対応についても論じる。
1999年から2018年までの間に、米国における自殺率は35%上昇した。毎年約4万7000人、1日で約130人がみずから命を断った計算になる。その大部分は、生産年齢にある人だ。統計によれば、職場で自殺を図る人も記録的な数に上る。
世界中でコロナ禍との戦いが続く中、メンタルヘルスが悪化したり、自殺を考えたり、自殺を図ったりするリスクを抱える人がますます増えている。組織が自殺予防に果たせる役割をこれまで以上に認識し、自殺を考えている人を支援することが、これまで以上に重要になった。加えて、同僚が自殺で亡くなった場合に、遺された従業員をサポートするための戦略を練ることが、組織に強く求められているのだ。
自殺における職場の予測因子
自殺は、個人の属性や環境条件、自殺手段へのアクセスを含めて、幾重にも交差する生活要因に影響を受ける複雑な現象だ。そのため、自殺リスクがある従業員を特定するためのプロセスは複雑である。
筆者らの研究では、このパズルの重要なピースの一つは、職務特性(例:意義、自律性、多様性)や同僚との社会的相互作用をはじめとする職場体験にあることが示されている。
たとえば、中国のフォックスコンでは、過酷な労働条件のために13人が自殺または自殺を図った。フランスの通信大手オランジュでは、経営陣によるモラルハラスメントが横行した結果、従業員35人が相次いで自殺に追い込まれた。このような職場環境は現実に有害な影響を及ぼし、従業員の精神や行動に影響を与え、最終的には自殺という結果を招いてしまうのだ。
筆者らは、職場と自殺に関する500以上の研究についてレビューを行い、従業員の希死念慮や自殺行動に関連する職場特有の要因を明らかにした。また、過去の研究を再検証する中で、自殺行動の主原因となる社会的苦痛および心理的苦痛を特定した。
「自殺の対人関係理論」によると、「社会的苦痛」は他者と有意義なつながりを築くことができないか、自分が他者の重荷になっていると感じる時に生じる。これに対して「自殺の精神的苦痛理論」は、苦悩や極端な苦悶に類する「心理的苦痛」に重きを置くものだ。いずれかの苦痛を経験すると、その苦しみに終止符を打つために自殺を図る可能性がある。その状況が今後も変わらない、あるいは絶望的だと感じられる場合は、特にそうだ。
職場とは本質的に社会機関である。職場はコミュニティ感覚を提供できるかもしれないが、社会的苦痛と心理的苦痛のどちらをも生み出す可能性があるのだ。
筆者らが過去の文献をレビューした結果、従業員の希死念慮あるいは自殺行動を予測する複数の要因が明らかになった。たとえば、対人関係、ワークファミリーコンフリクト(仕事と家庭の衝突)、不安定な雇用、失業、燃え尽き症候群、倦怠感、仕事上の要求(例:仕事量、ストレス要因、スケジュール)、職務特性(例:意義、自律性、多様性)、そして物理的労働環境(例:人間工学的な特性、安全性)などだ。
このリストの多様性から明らかなように、自殺の予測因子は特定の業界や職業に限定されない。いかなる仕事も自殺を理想化する思考を生み出すおそれがあるのだ。事実、自殺は社会的苦痛、心理的苦痛、またはその両者を経験することで引き起こされる。いかなる職場にも有害な側面があり、そのような苦痛が生じうるのだ。
したがって、すべての組織が従業員の精神的ウェルビーイングに与える影響を認識しなければならない。加えて、従業員が自殺で亡くなった場合にどのような行動を取るかについて、組織は準備しておかなければいけない。これは「ポストベンション」(事後対応)と呼ばれる行動だ。