揺れ動き続ける資本主義 自分の物差しを真ん中に置く

藤井 リーマンショックの時に、日本企業は雇用を守ろうとして、グローバル資本市場から批判されました。一方、コロナ禍では、米国の機関投資家の一部が「企業は雇用を守るべきだ。そのためには無配当もやむをえない」と声を上げました。そうした状況を見ると、資本市場の物差しも揺れ動いていることがわかります。

 資本主義の先行きを展望すると、ステークホルダー資本主義に急速にシフトしながら、カーボンニュートラルやSDGsなどの崇高な目標と現実のはざまで揺れ動く転換期、つまり“グレート・トランジション”の期間が今後しばらく続くと我々は見ています。

名和 ステークホルダー資本主義は株主至上主義よりは優れていますが、株主、従業員、顧客、取引事業者といったマルチステークホルダーに対して、それぞれ場当たり的に対応しているように見えて、核心がありません。

 本質は何なのかというと、資本ではなく、志(パーパス)だろうと私は考えていて、資本主義の先にある「志本主義」の真ん中にパーパスを置いています。いったい何がしたいのか、どうありたいのかという人の“思い”が中心にあって、その“思い”に共感した社員や顧客、株主がいて、全体が回っていくというイメージです。

藤井 価値の物差しが多様化し、変動し続けるグレート・トランジションにあってパーパスを設定するには、「自分の物差しを持つこと」が何よりも大事だと私は考えています。その物差しに基づいて、「自分がこうありたい」というのが「志」であり、「世の中がこうなってほしい」というのが「大義」だといえるのではないでしょうか。

名和 志は「士」の「心」と書きますよね。「士」はプロフェッショナルのことであり、求道精神を持った人の「心」がパーパスです。その求道というのは、世の中をよくしたいというパブリックな要素もあれば、主観的な要素があってもいいと思います。

 自分たちが何を目指すかは自由でいい。そういう意味から、私はパーパスを「志」と訳しています。

藤井 経営者はみずからのパーパスをブレない基軸として持ちながら、同時に世界の大きなうねりを能動的にとらえて、社会価値創造のあり方を編集、内生化しながら経済価値をさらに追求していく。それが、CSV経営だと定義できます。

 自分の物差しであるパーパスが一人よがりなものではなく、各ステークホルダーの共感を生むものにするためには、共感力のもとになるオーセンティシティ(真正性、信憑性)を高める必要があり、そこでは科学的、定量的なデータドリブンのアプローチが求められます。

 それがなければ、各企業がパーパスを声高に唱えるだけで、誰の共感も呼ばない“パーパス狂騒曲”といった状況に陥ってしまいます。

名和 私は優れたパーパスの条件として、「ワクワク」「ならでは」「できる」の3つを挙げています。そもそも経営には3つの「I」が必要だというのが私の持論で、1つ目は「Impactful」、2つ目は「Innovative」、3つ目が「Implementable」です。

 人の思いにインパクトを与えるものを「ワクワク」と呼んでいて、イノベーティブというのは「真似事ではない」ということ。そして当然、実行可能(インプリメンタブル)でないと意味がありません。経営の根幹に不可欠な3つの「I」を日本語にしたのが、「ワクワク」「ならでは」「できる」の3条件というわけです。

 ソニーグループの「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」は、まさに3条件を満たした優れたパーパスだと考えています。平井一夫前社長はソニーの魂は「WOW」だと定義し、これを「感動」と言い換えました。しかし、「感動」は一般的な日本語です。

「ソニーの感動はどうも違うらしい」ということで、吉田憲一郎氏(現会長兼社長)がトップに就任してから、社内のさまざまな人たちの声を聞き、「感動」という結果を生む手段として、「クリエイティビティ」や「テクノロジー」、そしてフィールドとしての「世界」という言葉をパーパスに盛り込んだと聞きました。

 ポイントは、トップが勝手に決めたわけではなくて、グローバルの社員を巻き込んで、「自社のパーパスは何か」を議論していったことです。このプロセスによって、自分たちの思いを言語化し、社員全員がパーパスを“自分事化”することができたのです。