中計志向からの脱却には「遠近複眼思考」を持つべき

藤井 日本企業は欧米に比べると、価値創造ストーリーをうまく発信することが苦手ではないかと感じています。たとえば、名和さんがおっしゃったように「たくみ」を「しくみ」に変換し、属人的な暗黙知を組織の資産として広げていくといった非財務要素が、一定の時間を経てどのような財務的価値を生むのか。非財務と財務を結び付けて、ストーリーを紡いでいかないと、特に海外のステークホルダーには伝わりません。

名和 私はSOMPOホールディングスの社外取締役をしているのですが、同社グループCEOの櫻田謙悟氏が、『BUSHIDOCAPITALISM』という本を英語で出版されました。武士道や禅など日本の思想、精神世界について多くの欧米知識人が高い関心を持っています。

 日本の経営には、単なる欧米流ではない、そうした人間の本質的な精神が入っていることを海外に向けてもっと発信していく意義は大きいと思います。

藤井 繰り返しになりますが、今後、本格化するグレート・トランジションの時代においては、価値の物差しが多様化、変動し続けることが予測されます。こうした時代を生き抜く経営のイノベーションに向けては、ステークホルダーとの関係の再定義、自分の物差しであるパーパスの再設定に加えて、「経営の時間軸」についても認識を一新する必要があると考えています。

 具体的には、「10年超」を展望しつつ、「1年未満」も凝視する。我々はそれを「ズームアウト(長期)・ズームイン(短期)の経営モデル」と呼んでいます。まずズームアウトの視点であるべき長期ビジョンを描きながら、短期の取り組みで得た成果やインサイト(洞察)を活用して長期ビジョンを修正し、その修正点はすぐさま短期計画に落とし込む。そのような反復運動を常に繰り返すことで、変動し続ける世の中の物差しに的確に対応することができるようになります。

 3年、5年単位で作成した中期経営計画を固定的にとらえ、それに縛られていると変動する価値観に柔軟に対応し、経営を変革していくことはできません。

名和 3年、5年といった中期計画に基づいて経営のPDCAサイクルを回しているのは、世界的に見ても日本企業ぐらいです。

 数年先の経営が計画通り進まないことは、コロナ禍でも明らかになりました。私は超長期と超短期の視点を兼ね備えた思考を「遠近複眼思考」と呼んでいますが、まさにズームアウト・ズームインの経営モデルと同じことで、それこそがいまの日本企業に必要です。

 たとえば、足元のウィズコロナの課題にズームインしつつ、ズームアウトしてニューノーマルを見据える。超長期においては「パーパスによるリーダーシップ」が、一方の超短期では「現場の迅速なプロトタイピング」が重要なカギを握ります。

「ブルーエコノミー」こそ日本が持つべきパーパス

藤井 DXやPX以外にも、サステナビリティの文脈では、GX(グリーン・トランスフォーメーション)といった概念があります。何をトランスフォーメーションするかは重要な論点ですが、欧米企業に比べて、サステナビリティで出遅れている日本企業が攻めに転じるには、海洋国家たる地の利を生かして、「ブルーエコノミー」で対抗することが一つの戦い方になるのではないかと我々は考えています。

 ブルーエコノミーとは、地球面積の7割を占める海に注目し、その可能性を開放することで経済価値と社会価値を両立させる概念です。海のポテンシャルは大きく、なかでも注目されているのがブルーカーボンで、海洋生物は陸上植物よりも10倍以上のCO2を吸収することができます。

 我が国は、排他的経済水域と領海を足した面積で世界第6位を誇ります。海の可能性を開放して得られるチャンスは、内陸国よりもはるかに大きい。たとえば、日本がアジアやアフリカの国々とブルーエコノミーという大義の下に協調し、サステナビリティの新たな潮流を主導できる可能性は十分にあります。

名和 ブルーエコノミーというのは日本「ならでは」ですし、「ワクワク」「できる」の条件も兼ね備えている。EUが推進する「グリーンエコノミー」とは異なる、日本のパーパスとして、大いに期待できますね。

藤井 企業がパーパスを掲げて、志本経営を実践していくことはもちろん大切ですが、やはり企業単位の取り組みでは、できることに限界があるのも事実です。日本のパーパスとしてブルーエコノミーがあり、そこに向かって、いろいろな企業が切磋琢磨していくことで、日本全体のトランスフォーメーションが加速されるのではないかと考えています。