進化論と保険会社の変革

 ドットコム・ブームが最高潮に達した頃、私は某大手保険会社のシニア・マネジャーたちが集う会議に招かれ、何人かの学者仲間と共に参加した。会議のテーマは、インターネットが同社に突きつけてきた課題への対応である。

 集まった面々は浮かぬ表情を示していた。それもそのはずである。この保険会社は20世紀初頭に創業されたが、現在の輝かしい地位は、各営業所の保険外交員一人ひとりが地道な取引を積み重ねた賜物にほかならなかったからだ。しかし、ある日突然、同社の何もかもが救いようのないくらい時代遅れに見え始めたのだった。

 これまで同社は、顧客と密着し、事業を開拓するため、昔ながらの営業所を数千カ所、保険外交員を数千人、全米の津々浦々に配備してきた。しかし、いつの間にか、肝心のその顧客が、豆腐から休暇旅行まで、ありとあらゆるものをインターネットで何とかしようと、こぞってPCにログオンする時代になっていたのである。

 この保険会社は、インターネットの脅威に対応すべく、特命の戦略立案チームを編成していた。このチームがマスター・プランをひねり出せば、すぐに全国の営業所に下達されることになっていた。

 この会議はこのような状況下で開かれたのだった。さて、私が発言する順番が回ってきた。そこで「進化論を打ち立てた時にチャールズ・ダーウィンが発想を転換した状況をお話ししたいので時間をいただきたい」と述べた。

「ダーウィンだって」。保険会社の幹部たちは怪訝な表情を示したが、事態の深刻さが勝ったのか──慇懃に、しかし渋々ながら──場違い極まりない話をする許可を与えてくれた。

 私は最初に、だれもが知っているが、たいていは誤解しているダーウィンの突然変異と自然淘汰の理論をかいつまんで説明し、出席者からの質問を受けた。それらに答えながら、さらに余談めいた進化論について語っていくうち、その場の議論から、ある異端の説が浮かんできた。

 突如出現したバーチャル世代に向けた戦略を立案するうえで、ひょっとすると、全国に散らばる営業所は重荷になるどころか、たえず変化する事業環境に適応するための、漸進的かつ強力な改革メカニズムとして機能するかもしれないと思えてきたのである。

 個体間に変異が生じ、自然淘汰と遺伝によって有益な形質が受け継がれていくことで、生物の種は進化していく。ならば、同社の各営業所の特徴をそれぞれに際立たせる変異──事業のやり方、人材の配置、技術の利用など──が、変化への適応力、そして新たな戦略の方向性における源泉となりはしないだろうか。