新陳代謝を起こしながら
和久傳の遺伝子を残す
柴田 いまでは「和久傳学校」といわれるほど優秀な料理人が次々と育ち、独立して人気店を構えている人が何人もいるそうですね。
桑村 私たちが育てたわけではなくて、育ってくれた彼らが偉いだけなのですが、和久傳を卒業した料理人が成功しているのを見て、近年は和久傳に応募してくれる若い人が増えてきましたので、ありがたいことだと思っています。
いまは和久傳全店で、料理長が一番若いのが本店です。本店はどうしても保守的になりがちですので、思い切って若い人に任せるようにしています。
柴田 高級料理店ほど、料理長の腕と料理の質、ひいては経営が密接に結び付いているものだと思いますが、かなり思い切った人事ですね。
桑村 何よりお客様に恵まれているからこそ、若手に任せられるという面が大きいですね。
料理人たちにはできるだけ客席にあいさつに行かせるようにしているのですが、そこで直接お客様の評価を聞けます。最初は行き届かない点が多いのですが、1年くらいかかってよくなってくると「やっとよくなったね」などと言ってくださいます。それが料理人には何よりの励みになりますし、本当にお客様に育てていただいていると実感します。その点では、ものすごくいい業種だと思います。
室町和久傳や京都和久傳では、カウンター越しに常にお客様の話を聞けますから、料理人にとっては独立に向けて大きな財産になっているはずです。
柴田 料理人が独立すると、和久傳にとってはライバル店が増えることになりませんか。
桑村 料亭を大規模な事業に発展させるのは、構造的に難しいと思います。やはり属人性に依存する部分が大きいですし、逆に機械やAI(人工知能)にはできないところに料亭のよさや存在意義があるのだと信じています。
ビジネスとして大規模にできない前提で持続性を担保するには、常に新陳代謝が起きている循環型の組織にすべきだと思っています。大きな財産は残せないけれども、和久傳の遺伝子やソフト、大きなことを言えば精神性のようなものは残せるのではないかと。
ハイファッションブランドでは、クリエイティブディレクターと呼ばれる人たちが代わりますが、ブランドの世界観は変わらず残っています。流動性があって硬直しない文化、組織風土をつくるほうが和久傳として残したいものを残せるのではないかと思います。
それに、独立した料理人たちとはいい関係が続いていて、人材や仕入先を紹介し合ったりしています。これからは、販売やサービスのスタッフからも独立する人を増やしていきたいですね。
柴田 和久傳を核とした独立店の共栄圏ができていくイメージですね。伝統を重視するほど、思い切った人材の登用には慎重になってしまいますし、人材を含めた無形資産を抱え込んでおきたくなってしまうものです。あえて、新陳代謝を促すメカニズムを構築し、その先にエコシステムをつくろうとされていることに驚きました。今後は組織と人材づくりに関して、どんなことに取り組んでいくお考えですか。
桑村 技術とマネジメント、クリエイティブディレクションができるセンス、その3つを兼ね備えていれば、独立してもやっていけるはずです。
私たちの仕事はマイクロオペレーションの積み重ねですから、技術は日々の小さな積み重ねで磨いていくしかありません。物販店を含めて店舗はすべて独立採算ですので、店長や料理長をやっていれば自然とマネジメントは学べます。
後はセンスですけれど、これも一定程度は教えることができるのではないかと思っています。言葉でマニュアル化するのは難しいですが、和久傳らしさ、私たちが受け継ぎたいと思っているものを映像コンテンツにして、それを繰り返し見ることでセンスを身につけてもらうとか、何かいい方法がないか模索しているところです。