スタートアップを成功に導くのが、ベンチャーキャピタルの存在意義
植木 池野先生は、研究と同時に「バイオデザイン」(Biodesign)という医療機器分野の起業家養成講座のジャパンプログラムディレクターとして教育にも携わり、日本の大学でのバイオデザイン講座の立ち上げにも尽力されました。起業家教育に深く関与されるきっかけは何だったのでしょうか。
池野 直接のきっかけは、私自身がスタンフォードの学生たちと一緒にバイオデザインを学んだことです。デザインシンキングの手法を活用した、いわゆるアクティブラーニングのスタイルの講座で、課題は誰も与えてくれませんので、自分でそれを探すところから始まります。そのために医療の現場に行き、じっくり観察して医療従事者や患者さんが気づいていない潜在的なニーズや課題を自分で発見しなくてはなりません。
スタンフォードは、学生に志やパッションを持たせたり、学生をその気にさせたりするのがうまい教育者が集まっていて、1年間の講座が終わった頃には私も「自分で医療機器ベンチャーを立ち上げたい」と真剣に思うようになっていました。
すでにアイデアはあったので、ベトナム移民のエンジニアの友人と2人で起業することにしました。医者とエンジニアだけでは経営できませんから、スタンフォードでMBA(経営学修士)コースを修了し、ビジネス経験が豊富なもう一人を巻き込んで、Atheromedという会社を起こしました。

FUMIAKI IKENO
スタンフォード大学 主任研究員/医師
MedVenture Partners取締役チーフメディカルオフィサー
起業したのが2007年で、当初は順調だったのですが、翌年、リーマンショックに端を発した金融危機が起こり、投資家からの資金調達ができなくなって、開発が止まってしまいました。資金が底を突きかけた時に、あるベンチャーキャピタル(VC)が投資してもいいと言ってくれたのですが、当然ながら足元を見られます。バリュエーション(企業価値評価)を下げて、いわゆるダウンラウンドの形で資金調達し、何とか開発を続けることができました。
ただ、CEOを含めてVC側が送り込んできた経営陣と、創業メンバーの私たちの方針の違いもあって、エンジニアの友人と私は、会社を離れました。すでに製品開発はほぼ終了し、後は治験をする段階だったので、他の人に任せてもいいという思いもありました。投資してくれたVCは、私たちが起業した会社を他の会社に売却し、いまは大手医療機器メーカーの傘下になっています。
立岡 ご自身が起業された頃は、VCに対してどんな印象を持たれていましたか。
池野 仕立てのいいスーツを着て、高そうな車に乗っていて、私がそれまで付き合ってきた研究者やエンジニア、あるいは起業家たちとは明らかに異質な感じがしました。正直なところ最初は反りが合わないと思っていましたが、スタートアップを立ち上げてもお金がないと何もできません。VCは投資家や企業からお金を集める能力があるわけですから、スタートアップには欠かせない存在です。
VCのゴールは明確で、キャピタルゲイン(株式などの売却益)を得て、LP(ファンドに出資する有限責任パートナー)にリターンをもたらすことです。投資先のスタートアップを成功させないとキャピタルゲインを得られないので、彼らなりに必死になって成功させようとします。スタートアップにとっては時に耳の痛いことを言う、口うるさい存在ですが、貴重な助言者でもあります。
特にテック系のスタートアップが気をつけなくてはならないのは、自分たちが開発した技術や製品へのこだわりが強すぎて、事業としての成功が二の次になってしまうことです。ビジネスとして成り立たないと技術をアウトプットして、社会に還元することはできないわけで、そこにうまく導いてくれるのがVCの存在意義だと思います。
立岡 つまり、キャピタルゲインへのコミットメントは、社会実装へのコミットメントでもあるわけですから、その点ではスタートアップとゴールを共有しているといえますね。
池野 そうです。医療機器ベンチャーにとっての成功は何かといえば、自分たちが開発した医療機器で患者の命を救うことです。その成功の見返りとして、VCはキャピタルゲインを得るわけです。
立岡 日本のスタートアップを取り巻くリスクマネーやVCの状況については、どうご覧になっていますか。
池野 私が大下創と2人でMedVenture Partners(メドベンチャーパートナーズ)を立ち上げた2013年当時、日本には医療機器スタートアップに投資するVCはほとんどありませんでした。いまは、私たちのような医療機器を専門とするVC以外に、総合的なVCも医療機器スタートアップに投資していて、10年前に比べるとリスクマネーの供給は格段に増えています。ファンドとしてのミッションや目的はそれぞれ違いますが、少なくとも医療機器スタートアップへの投資額が増えたのはいいことだと思います。