「ドクター vs AI」から「ドクター with AI」に
鍋田 富士フイルムが医療への取り組みを始めたのは80年以上も前のことで、長い歴史があります。当初から病院の先生方と一緒になって、先駆的に医工連携に取り組んできました。
西上 80年以上もそれを継続するというのは、どの会社にもできることではありません。御社が継続できている要因は何ですか。
鍋田 そこはまさに当社のDNAだと思います。当社の祖業は写真の感光材料ですが、写真というのはもともと、特殊な技術を持つ一握りの人が、特別な機材を使って撮影、現像するものでした。当社もプロ用の写真フィルムからスタートして、それをアマチュア用に広げ、さらにはレンズ付きフィルム「写ルンです」やインスタントカメラ「チェキ」など幅広い製品を開発することで、いつでも、どこでも、誰でも、簡単にきれいな写真を撮ったり、見たりできるようにしてきました。
限られた一部の人だけでなく、幅広いエンドユーザーに使ってもらい、誰でもベネフィットを享受できる未来を目指すのが富士フイルムのDNAであり、それがメディカルシステム事業でも脈々と受け継がれています。ですから、現場のエンドユーザーを非常に大事にしていますし、自社のコアテクノロジーにこだわりつつも、それがもたらすベネフィットを最大化するために医学的な知識や技術をどんどん吸収したり、足りない技術や製品は外から取り込んだりしてきました。
西上 言わば、“医療の民主化”に取り組んでこられたわけですね。医療従事者が誰でも高度な診断や治療をできるようになれば、医療現場にとってベネフィットが大きいだけでなく、医療サービスを受ける生活者が、よりよい医療に簡単にアクセスできるようになる未来がやってきます。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー 執行役員
鍋田 その通りです。2018年に医療AIの技術ブランド「REiLI」を立ち上げたのも、医療AIの民主化を目指す一環といえます。当初は、「AIで医師の仕事を代替するのか」といった否定的な反応があり、「ドクター vs AI」などと言う方もいましたが、私たちが目指しているのは最先端のAIを一部の大病院の先生だけが使うのではなく、医療現場で広く使えるようにして、一人でも多くの患者さんがそのベネフィットを享受できるようにすることです。
そのために、病院の先生方と一緒にAIのアプリケーションを次々に開発してきました。この2〜3年でREiLIが現場にかなり浸透して、「ドクター with AI」に変わってきた手応えがあります。
入江 そういうAIのソリューションも、医療検査機器と同じように深い現場知識を取り込みながらつくり上げているのですか。
鍋田 当社がREiLIを立ち上げた頃は、医療AIのベンチャーがどんどん世の中に出てきましたが、多くのケースで臨床現場への実装に苦労されたと聞いています。
一方で富士フイルムは、単一のアプリケーションの導入だけでは、医療現場の課題解決ができないことを意識し、常に医療従事者のワークフロー全体を見据えたAI技術を活用したアプリケーションの社会実装を進めてきました。たとえば、医師は実際の画像でどこに病変があるのかを見て、過去の症例や患者さんの治療歴などを確認し、治療方針を決めていきます。こうした臨床現場のワークフロー全体を意識した取り組みの結果、いまではかなり多くのAI技術を活用したアプリケーションの社会実装を実現しています。
当社では、そういう一連のワークフローのポイントごとに適切なAIアプリケーションを戦略的に開発し、それらがオーケストラのように一体となって機能することで大きな効果を発揮しています。
入江 現場にきちんと入り込み、医療従事者と深く会話して、そこから自社の技術や知見を活かした提案をしていくというサイクルを継続的に回していらっしゃるんですね。若手社員も積極的に現場に送り出しているのですか。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員
鍋田 はい、そうしています。ただ、現場の声を聞くのは大事ですが、その声に囚われて、過去の延長で考えるリニア思考に陥ってはいけないとアドバイスしています。
よく知られた逸話ですが、世界初の量産自動車「T型フォード」を生み出したヘンリー・フォードは、「もし私が、何がほしいと聞いたら、人々はもっと足の速い馬がほしいと答えただろう」(If I had asked people what they wanted, they would have said “I want a faster horses.")と語ったといわれています。つまり、馬車に乗っている人の声をいくら聞いても、自動車というイノベーションは生まれなかったというわけです。
既存製品のスペック向上だけを考えていては、イノベーションは生まれません。製品を改善していくことも当然大事なのですが、私が社員たちに言っているのは、現場に眠っている課題を見つけ出し、テクノロジーを活かしたイノベーションを提案してほしいということです。そのために、事業部の担当者とテクノロジーの引き出しを持っている技術者が2人1組で現場に行くように言っています。