日本の健診技術と文化を新興国に輸出
入江 日本の組織は現場の能力が高く、現場の課題を現場で解決してきた歴史があるだけに、新しいテクノロジーやイノベーションに拒否反応を示すこともあります。特に医療現場は人の命を預かっていますから、どうしても保守的になりがちです。そこに対してのアプローチはどうされていますか。
鍋田 一つのアプローチが、新興国で生み出したイノベーションを先進国に持ってくる、いわゆるリバースイノベーションだと思います。先進国が、でき上がったビジネスモデルと仕組みの中で動いているのに対して、新興国はしがらみが何もないところからスタートできますので、イノベーションにチャレンジしやすいといえます。
私たちはいま、新興国の既存の枠組みの影響を受けにくい環境で、自由にビジネスモデルを描く取り組みを進めています。具体例を2つほどご紹介しましょう。
1つ目は、携帯型X線撮影システムを用いた結核検診です。2020年の結核による死亡者数は世界で約150万人に達し、その予防と治療は大きな課題です。そこで当社では、医療施設へのアクセスが難しい地域でも結核の検診ができるよう、小型・軽量で持ち運び可能なX線撮影装置を開発しました。また、同装置と連携するAI技術を活用した小型拡張ユニットにより、専門医でなくてもその場で結核かどうかの画像診断ができるよう支援します。
長谷川 まさに医療の民主化ですね。日本でも地方部や離島などでニーズがありそうです。先進国で磨いた技術を、新興国でうまく役立てながらイノベーションを生み出し、新たなビジネスモデルを構築しようとしているわけですね。

有限責任監査法人トーマツ
パートナー
鍋田 おっしゃる通りです。インドではAI技術を活用した健診センター「NURA」を開設しています。日本で培った予防・健診技術と日本の健診文化を海外展開しようというものです。CTや内視鏡などの画像診断機器と医師の診断を支援する医療ITシステムを活かし、高品質な健診サービスを提供しています。現在、インドの3拠点で展開しており、今後、2030年までに100拠点にすることを目指しています。
データ利活用の成果を社会に還元し、国民の理解を深める
長谷川 今後、日本の医療業界においてICTやAIの活用がさらに進むためには、どのような障壁があると感じていますか。
鍋田 医療業界のトランスフォーメーションについては、法規制、診療報酬、データ利活用の3つが大きなポイントだと思っています。
法規制について当社が関連するところでは、昨今、デジタル治療とか診断支援のAIなど、SaMD(プログラム医療機器)へのベンチャー企業の参入が増えています。政府サイドでは、PMDA(医薬品医療機器総合機構)がSaMDの審査ポイントを整理して公表したり、一元的な相談窓口を設けたりするなど対応が進んでいます。当社としても(急激な社会変化や技術発展に柔軟に対応する)アジャイルガバナンス観点での提言をさせていただいています。
診療報酬については、医療AIなどを含むSaMDの診療報酬に関する制度設計が議論されています。いまの公的医療制度の枠組みの中で、ワークフローの改善に資する医療機器を診療報酬で評価するのは難しいという意見もあります。内閣府に医療DX推進本部が設置されるなど、医療現場のDX(デジタル・トランスフォーメーション)が喫緊の課題として議論されているなか、医療現場の働き方改革や医療サービスの向上といった観点から、SaMDのような医療機器導入に対する公的支援があってもいいのではないかと考えています。一方で、診療報酬一辺倒ではないビジネスモデルを、企業もみずから提案していかないと、社会実装が進まないとも思っています。
3つ目のデータの利活用については、AI開発を進めるうえで学習データが必要なのですが、個人情報保護法など配慮すべき法規制があり、学習用データセットの準備は必ずしも円滑に進むものではありません。
国民全般に医療データの2次利用についての理解を醸成していく必要があり、政府としての方針や制度設計もさることながら、医療機器開発を行う我々企業にも責任があります。データ利活用による成果をしっかりと出し、それを社会に還元、発信していくことで、国民の皆さんにベネフィットを理解していただく。そういう活動が重要だと思います。