デバイスラグの問題は、制度上は解消されている

立岡 SaMDの実用化に関しては海外勢が先行していましたが、2020年11月に厚労省が「プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略」(DASH for SaMD)を公表し、実用化への支援体制の強化が急ピッチで進みました。

堀岡 2021年4月に、SaMDを評価するためのプログラム医療機器審査管理室を厚労省内に新設したほか、医療機器の承認を審議する薬事・食品衛生審議会医療機器・体外診断薬部会の下にSaMDに関する事項を調査、審議するプログラム医療機器調査会を設置しました。

 また、医薬品医療機器総合機構(PMDA)にもプログラム医療機器審査室とSaMDに関する一元的な相談窓口を設けました。

廣瀬 2023年3月には厚労省と経産省で共同作成したSaMDの開発ガイドラインを公表していますし、審査や公的医療保険の適用についても厚労省と連携を図っています。

堀岡 率直に申し上げて、かつて指摘されていたデバイスラグ(日本で医療機器の薬事承認が欧米より遅れること)の問題は、制度的にはすでにかなり解消されたと言っていいと思います。

立岡 第2期医療機器基本計画では、「ファースト・イン・ヒューマン(人を対象として初めて行う臨床試験)を含めた治験をより安全かつ効果的に実施するための非臨床的な実験系・評価系の構築」がゴールの一つに定められています。時間とコストがかかる臨床的な評価を、非臨床的な実験・評価に置き換えることができれば、医療機器の早期実用化につながると思いますが、産業界でのイノベーションを促進するために、厚労省も踏み込んだチャレンジをされているという印象を持ちました。

立岡徹之
Tetsuyuki Tatsuoka
デロイト トーマツ コンサルティング
パートナー 執行役員 ライフサイエンス&ヘルスケア

堀岡 治療用の医療機器では治験が欠かせませんが、コストがかかりリスクもあるので米国などに比べて、日本では治療機器の開発にチャレンジする企業が少ないのが現状です。かつては、治験を費用面で支援することを模索してきましたが、うまくいきませんでした。そこで、レギュラトリーサイエンス(*)に基づいた非臨床的な実験・評価で開発を支援する方向に舵を切る必要があるのではないかと考えました。
*科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学(第4次科学技術基本計画、2011年8月閣議決定)。

 たとえば、SaMDで言えば、最低限の有効性を確認したうえで医療現場での使用を可能にし、実際の診療で集めたデータを治験の代わりに利用することで治療や診療の効果を評価するイメージです。

みんな、それぞれの立場からイノベーションをサポートしようと思っている

立岡 一般的に厚労省は規制官庁であり、すごく敷居が高くて、イノベーティブなことに対してあまり積極的ではないという印象が民間側にある気がします。実態はその印象とはかなりかけ離れているようですね。

堀岡 巨大官庁ですし、薬事や保険適用の審査・承認などさまざまな規制を司っていますので、そうした印象を持たれるのも仕方ない面があります。しかし、私がいた医政局経済課(現 医薬産業振興・医療情報企画課)は、産業振興という点で経産省と同じ方向を向いて、安全性を確かめながらイノベーションを後押ししています。それに厚労省全体を見ても、規制を担当している部署など立場の違いはあれど、イノベーションを阻害しようと思っている者は誰もいないと思います。

植木 第2期医療機器基本計画のゴールの一つに、「医療保険制度におけるイノベーションの適切な評価の実施」が挙げられていますが、医療保険財政が厳しい中でイノベーションを評価する難しさはありませんか。

植木貴之
Takayuki Ueki
デロイト トーマツ コンサルティング
マネジャー ライフサイエンス&ヘルスケア

堀岡 たしかに財源の問題はあります。しかし、私の個人的な意見ですが、疾病の治療に直接関係する部分は公的保険でカバーすべきだと強く思っています。

 保険制度上も、既存の医療機器や医療技術と比べて追加的な有効性、安全性が認められれば補正加算などで評価していますし、2022年度の診療報酬改定ではSaMDを評価する診療報酬項目が新設されました。保険適用後にエビデンスを示せば企業側が価格引き上げを求めることができる「チャレンジ申請」の枠組みもあります。ですから、現行の医療保険制度でも、イノベーションを適切に評価することは本来は可能だと思います。

廣瀬 SaMDとして薬事承認を得て、保険償還を受ける以外にもマネタイズの方法はいろいろあります。民間保険と組むことも考えられますし、健康保険組合や医療機関、あるいは製薬企業などに何らかのサービスを提供して課題解決を支援し、対価を得る方法もあります。患者と直接契約して課金する方法もあるでしょう。事前に相談してもらえれば、我々がアドバイスすることもできます。

波江野 ヘルスケアは成長産業ですし、医療機器は利益率が高そうだということで参入を検討する企業が多いです。そういった中で、「時間をかけてでも薬事承認を取るべきか、保険適用外でビジネスをすべきか」といった質問を受けることがよくあるのですが、その前に深く考えるべきは、「自分たちは何をしたいのか。誰に対して、どんな価値を提供するのか」ということです。

「画期的な医療機器で患者の命を救いたい」ということであれば、当然、薬事承認を受けるべきですし、「生活者の行動変容を促して、健康の維持・増進を支援したい」のであれば、ビジネスモデルはまったく違ってきます。価値から考えることが肝要です。