DXは、日本人が得意とする「断捨離」による変革

北原 ヘルスケアの領域が広がっていく中で、さまざまな業種、業界との関わり方は今後、どんなふうに変化すると思われますか。

 一つの企業、一つの業種に閉じたままでは人々の生活と人生全般に関わるウェルビーイングを高めることは難しいですから、これからは企業や業種の枠を超えて連携し、エコシステムを形成することが非常に重要になってきます。そのためには、オープンで、標準化されたプラットフォームを構築する必要があります。

 そのプラットフォーム上でそれぞれの企業が持つデータをつなげたり、つなげたデータを分析したり、それらを共有したりすることで、生活者や患者さん一人ひとりにパーソナライズされたさまざまなサービスを提供し、ベネフィットを社会に還元していくことが可能になります。当社でもそういう世界観で事業展開を進めていきたいと考えており、いろいろな企業と連携するためのプラットフォームづくりを進めています。

大川 富士通がオープン化、標準化されたプラットフォームの構築と異業種連携に取り組むことは、とても大きなインパクトがあると思います。そういう舵取りを推進していく過程で、感じている課題はありますか。

 富士通としてこれまでヘルスケアソリューション事業で実績を積み重ね、お客様の信頼も得ているわけですから、既存事業あるいは既存のお客様を前提とする枠組みを超えるのがなかなか難しい面があります。

 たとえば、多くの病院で導入いただいている電子カルテシステムにしても、それが医療サービスの最終受益者である患者さん中心、あるいは患者さん以外の健常者も含めた“人”中心の仕組みになっているのか。そういうふうに自問自答しながら、発想の枠組み、情報共有の枠組みを広げていくことで、受益者が増え、対象となるマーケットも大きく広がります。そのようにビジネスモデルを変えていく意味で、当社にとっていまが一つの転換点だと思っています。

堤 浩幸
Hiroyuki Tsutsumi
富士通
執行役員 SEVP JapanリージョンCEO

 それから、生活者全体のヘルシーリビングの実現を考えた時、いろいろなサービスモデルが出てきますが、富士通が単独でできることは限られますから、他社と組んでシナジーを出し、新しい価値を創出していく必要があります。ヘルシーリビングやウェルビーイングは大きな社会課題であるからこそ、異なる企業同士が手を組みやすい。それだけポテンシャルが大きいから、チャレンジしようと社内で繰り返し言っています。

 そのためには、いまこそ富士通が変わらなければいけません。私たちがみずから変わり、できることをタイムリーに実践していけば、仲間を増やして大きな流れをつくれるはずです。

北原 エコシステムを形成してヘルスケアの社会課題を解決していくには、異業種の企業だけでなく、行政や医療機関などさまざまなプレーヤーと連携しなければなりません。また、医療・健康に関する社会課題は日本に留まらず、世界に共通するものでもあります。今後、どういった枠組みでそうした課題を解決していくお考えですか。

 おっしゃる通り、ヘルシーリビングは世界共通の課題です。たとえば、増大する医療費をどうやって抑制し、社会保障制度を持続可能なものにしていくか。やはり予防・未病を強化しながら、健康寿命を延ばしていくことが必要です。そのために、健康な状態をいかに維持できるかを、生活者一人ひとりにモチベーション高く考えていただき、行動変容を起こせる環境を整備していきたいと考えています。それによって、新しいスタンダードモデルを構築できれば、それを世界に展開することができます。

 そうしたモデルを構築するうえでカギになるのは、やはりデータドリブンで進めていくことです。データは世界共通であるにもかかわらず、グローバルな利活用が進んでいません。大きな理由の一つは、さまざまなステークホルダーの利害が一致していないことです。個人、企業、あるいは国家間の利害関係を調和させていくためのルール形成を含めて、データドリブンなプラットフォームの整備を考えなくてはいけません。

 健康寿命の延伸というゴールは、各ステークホルダーが共有できるものです。その目標に近づくほど、社会全体の医療コストもおのずと抑制することができます。ですから、グローバルにデータを利活用できるプラットフォームの構築に向け、私たちがトリガーとなってアクションを起こしていきたいと思っています。

 データドリブンといっても、私たちはビッグデータを集積して独占的に活用しようと考えているわけではありません。私たちが目指しているのは、シンプリファイ(簡素化、簡略化)です。生活者一人ひとりが健康維持のモチベーションを高め、行動変容を起こしていくためのプロセスやステップをできるだけシンプルにしていくこと。それが、私たちがやるべきDX(デジタル・トランスフォーメーション)であり、ひいてはSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)にもつながっていくと考えています。私はよくDXのDは「データの断捨離のDだ」と言っています。断捨離によるトランスフォーメーションは、日本人の得意とするところです。