インターネットは最終的に人間の脳につながる

 そうすると、これからインターネットを基盤とした分散処理の時代が本格的に始まるとお考えですか。

村井 最適な分散処理をすれば、処理速度はものすごく速くなります。いろいろな人たちが、いろんなことを始めるでしょうね。たとえば、研究者なら理化学研究所のスーパーコンピュータを借りなくても、PCをたくさんつなげてリソースを集めれば大規模な演算処理ができます。

 新しいアプリを開発する人も増えます。いまやコンピュータやプログラミングの原理を知らない小学生でも、アプリをつくれる時代です。アイデアを思いついたら、すぐに大規模な計算ができるようになれば、何百万人の人たちが使うような人気アプリがこれまで以上に次々と世の中に出てくるでしょうし、想像もしなかった新しいサービスもどんどん始まります。そういう時代がすぐに来ますよ。

 インターネットそのものは、これからどう進化していくのでしょうか。

村井 (宇宙船ベンチャーの)スペースXが衛星通信サービス「スターリンク」の商用化を始めましたが、低軌道衛星を使ったインターネット接続サービスが今後普及していくと思います。それによって、通信インフラがない山奥とか発展途上国でも高速なインターネット接続ができるようになり、カバー率が限りなく100%に近づきます。

 もう一つ、レイテンシー(遅延)の解消というメリットもあります。普通の通信衛星は高い高度を回っていますので、地上との間を往復するのに無視できないレイテンシーがあります。たとえば、東京から海外まで通信するのに、地上と複数の衛星を何度か往復するので、100ミリ秒単位の遅延が生じます。一方、低軌道衛星を使ったネットワークは、一度地上から電波を飛ばしたら、後は地上に戻らず衛星間をルーティングして海外につながるので、レイテンシーが大幅に低下します。

村井 純
Jun Murai
慶應義塾大学 教授

 通信衛星やHAPS(高高度通信プラットフォーム)を地上の通信システムと連携させて、宇宙から地上まで多層的に接続されるノンテレストリアルネットワーク(非地上系ネットワーク)の研究開発も進んでいます。NTTとJAXA(宇宙航空研究開発機構)は宇宙空間にデータセンターを置く共同研究を始めましたし、月面データセンターの事業化を目指している米国のベンチャー企業もあります。今後は分散処理のネットワークが宇宙に広がっていくことになるでしょうね。

 日本では東京と大阪の近郊にデータセンターが集中していますが、地上にあるデータセンターは災害に弱い。南海トラフ地震が来たら両方ともアウトです。災害対策の意味でも、宇宙データセンターは必要だと思います。

 地球を覆うデータセンターとインターネット網が宇宙に進出していく。非常にロマンを感じます。そして、村井先生はかねてから、コンピュータは最終的に人間の脳につながるとおっしゃっていますね。

村井 最初に講演で話したのは、1989年です。インターネットが普及する前で、まだスマホもIoTも影も形もない時代でしたが、インターネットでいろいろなものがつながり、その中心に人間がいて、最後は脳に直接つながるという話をしました。むき出しの脳とPCがつながっているイラストを使いながら説明したら、結構、気味悪がられました。

 でも、インターネットの本質は何かといったら、デジタルデータを一つのコンピュータから別のコンピュータに送るメカニズムです。ですから、デジタル化したあらゆる情報や知識を自由にやり取りできるようにするのが、インターネットの役割といえます。

 そして、脳はデジタル信号である電気信号を発する無数の神経細胞で形づくられたネットワークであり、DNAもデジタル情報です。だとすると、デジタルネットワークであるインターネットは、最終的には脳とつながりながら、どう発展していくかという問いにおのずとたどり着きます。

 ここで僕が言いたいのは、インターネットを含めたテクノロジーはあくまで人間中心であり、人間を支えるためにあるということです。脳につながるとしても、それによって人間の機能をどう支えるのかというのが大前提です。