医療分野でAI活用が本格的に進めば、間違いなく大きな効果が出る
森 分散処理やAIを含めて、先端技術の研究開発と社会実装における課題は何でしょうか。
村井 技術的な道具立ては、すでにかなり揃っています。先ほど述べた通り、インターネットに接続しているPCやスマホが世界中に何億台もあるのに、それらをつなげて大規模な計算をして、新しい製品やサービスを開発する人はまだ出てきていません。
AIも同じだと思うのですが、テクノロジーが進化して、それを使うコストもただ同然と言っていいほど下がっているにもかかわらず、テクノロジーに何をやらせるかという人間の知恵のほうが追いついていない。これからは、人間の知恵とか感覚が勝負だと思います。
森 村井先生はよく「善用」という言葉を使っていらっしゃいますが、人の役に立つ倫理的に正しいテクノロジーの使い方を、我々一人ひとりが知恵を絞って考え出す必要があるということですね。
村井 そのためには、問題を発見する能力とか課題を設定する能力が問われます。僕は匠の技や高い専門性を持っている人ほど、そういう能力を備えるべきだと思います。高度な技や専門性が必要な分野ほど、テクノロジーの善用によって人間が受ける恩恵が大きいからです。
その代表的なものが医療だと思います。医療分野でAIの活用が本格的に進んだら、間違いなく大きな効果が出ます。診療科や専門領域が細かく分かれている医師に、専門外の知識やエビデンスをAIで提供すれば、もっと患者オリエンテッドな医療ができるでしょうし、薬の安全性や効果を評価するのにAIを使えば治験の期間が短くなって、より早くいい薬を世の中に出せるかもしれない。
たとえば、自宅の鏡にAIセンサーがついていて、「今日は顔色が悪いですね。病院を予約しますか」と話しかけてくれて、「はい」と答えたら、自動的に予約を取って、ウェアラブルデバイスで記録していた血圧や脈拍、体温などのバイタルデータのログも病院に送ってくれる。そうなれば、お医者さんも楽だし、患者もより正確な診断をしてもらえます。
森 病院の近くにある薬局や介護施設にもAIを導入して、ネットワークで連携させれば、病気の予防や健康増進にも役立って、医療費も削減できるかもしれません。みんなが持てる力を結集して、実績をつくっていくべきだと思います。
村井 その通りです。特区を指定して、その地域でいっせいにやろうとすると反対する人がいて前に進まないことがよくあるので、どこか一カ所の病院でもいいですから「お医者さんにとっても、患者さんにとってもこんなにいいことがありました」という実績をまずつくる。そうすると、イソップ寓話の「北風と太陽」じゃないですけど、反対の衣を脱ぎ捨てて「じゃあ、うちの病院でもやってみよう」という人が増えてくると思います。
僕もお役に立てるかもしれないので、どこかの病院に協力してそういうチャレンジをしてみようかと思っています。
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