古田 赴任当時、メキシコのことはよく知らなかったし、スペイン語はしゃべれず、コマーシャルの仕事も初めてでした。約800人の従業員の中で、自分が一番仕事ができない状態でのスタートだったのです。
自分に知識と経験がないのですから、他の従業員の知識と経験をもとに意思決定するモードにならざるをえませんでした。自分のいまのリーダーシップスタイルを形づくった原点がそこです。
長川 コンサルタントとして御社のプロジェクトに関わらせていただいた時、古田さんが、「みんなはどう思う」とメンバーに率直に問いかけていたことが印象に残っています。入社年次や役職などに関係なく、思うところを誰でも言いやすいコミュニケーション環境をつくれば、より多くの知識や気づきを得られます。そういうリーダーシップスタイルは誰もが持ちえるものではないので、古田さんの強みになると思います。
西上 そのリーダーシップスタイルを、古田さんはどうバージョンアップしていきたいとお考えですか。
古田 盲点や反論に気づかないまま意思決定したくないので、社内外の専門家の話をなるべく多く聞きたいし、相反する意見にもよく耳を傾けたいと思うのですが、そこにかける時間は、意思決定のスピードとトレードオフになるので、最適なバランスを取る必要があると思っています。

Milano Furuta
武田薬品工業
ジャパンファーマビジネスユニット プレジデント
医薬品以外でも患者に貢献できることをやる
西上 日本のライフサイエンスおよびヘルスケア業界の現状について、古田さんの見解を聞かせてください。
古田 ライフサイエンスとヘルスケアは似て非なるところがあります。サイエンスに国境はありませんが、医療制度や規制、市場はローカル性が強いですよね。
まずライフサイエンスについていうと、医薬品は製薬企業がすべてを自前でつくる時代から、創薬モダリティ(医薬品開発の基盤技術や手段)が多様化するとともに、画期的新薬の種がアカデミアやスタートアップからも多く生まれるようになっています。したがって、製薬企業としてはイノベーションの種にいかに広く、早くアクセスし、価値を付加できるかが重要です。
次にヘルスケアの観点でいえば、先進国では平均寿命が伸び、経済成長率より医療費の伸び率が高く、財政にプレッシャーがかかっています。多くの先進国では医療費を国がまかなうのが基本ですから、財政をやり繰りする中で、公的保険を適用する医薬品や医療サービスの選別が進んでいくことになります。その選別基準となるのは、革新性があるか、廉価か。そのどちらかであって、中間はないと考えています。
そういう状況の中で、革新的な研究開発型の医薬企業として生き残る道をタケダは選びました。それが、タケダが患者さんに貢献し、社会に価値を提供できる道だと思っています。
西上 ジャパンファーマビジネスユニットでは革新的な医薬品を提供するだけでなく、患者さんとその家族を支援する多彩な活動も行っていますね。そうした活動は、どんな信念に基づいて展開されているのですか。
古田 日本には医療費増大の問題がありますし、地域による医療格差も指摘されています。こうした社会課題を解決していくには、国や自治体、医療機関、医薬品企業、そして患者さんとその家族が緊密に情報交換したり、連携したりしながら、医療体制を変革し、患者さんのQOL(生活の質)を高めていく必要があります。
タケダが提供する薬剤は、かつての生活習慣病中心の薬剤からオンコロジー(腫瘍・がん)、神経精神疾患、ワクチン、希少疾患などにポートフォリオも変化しています。診断・治療法が確立されている生活習慣病などに関しては、適切な薬について医師に理解を深めていただくことが活動の中心だったわけですが、一方、多様化しているがんや希少疾患については、診断・治療法が確立されていないものも多く、KOL(キーオピニオンリーダー:特定領域で影響力を持つ権威ある専門家)の医師でも治療実績が少ない領域が残っています。診断が確定するまでに平均で10年以上かかっているような疾患もあり、その間、患者さんは肉体的にも精神的にも苦しむことになります。治療中も症状や不安が続くことがあるため、医療関係者はもちろん、患者さん同士、患者支援団体などが一緒になってQOLの改善を図ることが重要です。
タケダでは、がんや希少疾患の患者さんが信頼性の高い情報を得たり、専門家に相談したり、同じ悩みや経験を持つ人と支え合ったりできるように、ウェブサイトによる情報提供だけでなく、医療関係者や患者団体などが参加するシンポジウムの開催、コンソーシアムの運営支援などを行っています。
患者さんのQOLを高めることへの貢献を第一に考えると、タケダの薬剤が選択肢に入らない場合もあります。あくまで患者さんに寄り添うことを第一としながら活動を続けています。