長川 ヘルスケアはローカルだとおっしゃいましたが、特に難病や希少疾患の患者さんにとっては、パーソナライズされたヘルスケアが提供されないとQOLは向上しません。御社が先頭に立ってそれを実現されようとしているのは、とても素晴らしいことだと思います。

長川知太郎
Tomotaro Nagakawa
デロイト トーマツ グループ 執行役 COO

西上 御社が主要メンバーとなっている「遺伝性血管性浮腫(HAE)コンソーシアム」の運営を我々も支援していますが、希少疾患患者の課題解決を目指すこのコンソーシアムについては、デロイトの海外メンバーからも非常に注目されていて、よく問い合わせを受けます。ヘルスケアの新たなエコシステムの事例として、世界に発信できる感触を得ています。

データとテクノロジー活用にフルアクセルを踏んでいる

古田 いくつかの国で暮らしてみてあらためて感じたのは、日本の医療提供体制の質の高さです。自分が望めばどの医療機関でも治療を受けられるアクセスのよさがありますし、他国に比べて自己負担も少ない。これは国民皆保険制度のおかげであり、財政的な持続可能性さえ担保できれば、日本のヘルスケアシステムは素晴らしいと思います。

 そのポテンシャルを発揮するためにカギとなるのが、データ活用です。国民皆保険によってヘルスケアデータが膨大に蓄積されていますが、医療機関によって異なるシステムに保存されていて、データの形式もばらばらなので、国民全体のためにそれを活用することができません。データ活用に関する国民の理解も含めて、乗り越えなくてはならないハードルはありますが、データを使うことでヘルスケアの質と持続可能性を高めることができます。

長川 おっしゃる通りです。世界に冠たる長寿国日本の生活習慣、治療と予後のデータセットがあれば、海外諸国のヘルスケアの質的向上にも多大な貢献ができます。

西上 我々は医療機関のDX(デジタル・トランスフォーメーション)も支援していますが、紙で記録したり、それをファックスでやり取りしたりするプロセスが残っていて、まずは電子記録に変えるところから始めないといけないケースが少なくありません。裏を返せば、医療従事者のためにも、患者さんのためにもできることが無限にあるということです。

西上慎司
Shinji Nishigami
デロイト トーマツ コンサルティング ライフサイエンス&ヘルスケア パートナー 執行役員

古田 伸び代は間違いなく大きいですよね。

西上 御社では、データ活用についてどう取り組んでいますか。

古田 フルアクセルを踏んでいる状態です。2019年にクラウド上でデータを共有できるようにするなど、基盤整備をいっきに進めました。

 日本では、2022年2月にグローバルデータ・デジタル&テクノロジー(DD&T)部門が設立されたことに続いて、同年4月に国内の事業部門および製造サプライ・品質部門においてDD&T部を新設しました。DD&T部は、コマーシャルの各部門や製造サプライ部門と連携し、さまざまな活動を行っています。

 この組織構造によりデジタルインフラの整備は中央集権でグローバル全体で迅速に進め、AI(人工知能)やロボティクス、VR/AR(仮想現実/拡張現実)などの新しいテクノロジーを使ったアプリケーション開発やデータ活用に関しては、バリューチェーンの各ポイントでスピーディに進めることができます。

 日本全体でもいろいろなユースケースが生まれていますが、一つだけご紹介すると、コロナ禍の最中に再生医療製品の製造ラインを国内で立ち上げることになりました。すでに稼働している海外工場から技術移転する必要があったのですが、コロナ禍で国境を越えた人の移動が制限されていたので、AR技術を用いて製造設備の動かし方やメンテナンスの仕方をトレーニングしました。通常であれば、海外工場から招いたチームが何週間か日本に滞在してトレーニングを行うところなのですが、人的交流が難しい環境下においてもデジタル空間を介した技術移転を行うことができました。

 デジタル人材の採用と育成も急ピッチで進めています。国内ビジネス部門において2022年10月から始めたリスキリングプロジェクト「DD&Tアカデミー」では、所属部門からDD&T部に異動したうえで、6カ月間にわたって集中的なトレーニングを行い、データとデジタルの専門スキルを身につけてもらいました。

 対象者は社内から公募したのですが、150人を超える応募があり、選考の結果、約30人がアカデミー受講生となりました。今年(2023年)4月からはDD&T部の一員として、国内ビジネス部門のメンバーや患者さんに貢献すべく活躍してくれています。

長川 バリューチェーンの各ポイントでDXをスピーディに進めながら、コーポレート部門主導で整備したインフラによってそれをシームレスに連携させれば、より大きな価値を創出できます。

 たとえば、コマーシャル部門がとらえたアンメットメディカルニーズ(満たされていない医療需要)を研究や開発にフィードバックし、マーケット起点でバリューチェーンを再構築するといったことができれば、創出価値は非常に大きいですね。

 古田さんご自身の手応えはどうですか。

古田 手応えは十分にありますが、まだまだできることがあると思っています。たとえば、パーソナルヘルスレコード(健康・医療などに関する個人記録)などのリアルワールドデータの本格的な活用ができるようになれば、はるかに大きな社会的インパクトを創出できます。