「人間のサステナビリティ」の考え方を自社の活動に組み込む

 筆者は、EUの「企業サステナビリティ報告指令」への対応、そして「人間のサステナビリティ」に関する指標づくりについて、欧州および米国の企業と意見を交わしてきた。それをもとに、いくつかの企業の取り組みを紹介しよう。

・ビール大手のハイネケンは、自社の商品を世界で提供するために、働いている契約社員すべてについて、人権、賃金の公平性、さらには生活条件に関する数値指標を作成した。

・法人向けソフトウェア大手のSAPは、業界の先頭を走るダイバーシティプログラムと、賃金の公平性およびサステナビリティに関する新しいプログラムを組み合わせた。

 たとえば、SAPでは、社内のすべての賃金区分を公表し、従業員がみずからの属している賃金区分と、自社の新しい求人の賃金区分を把握できるようにしている。また、さまざまな脳や神経の個性を持った従業員の採用を行い、職場でそうした人たちに対するサポートを提供している。さらに、同社では、ジェンダーによる賃金格差についての進歩的な分析を実行した後、幹部職への女性の登用を精力的に推進し始めた。これらの施策はいずれも、長期的な視野に立った「人間のサステナビリティ」関連の戦略と見なすことができる。

・金融サービス企業のリバティ・ミューチュアルでは、「人間のサステナビリティ」 を、気候変動が加速するなかで顧客と取引先と従業員のグローバルなリスクを抑制する要因と位置づけている。

 リバティ・ミューチュアルでは、人材担当上級副社長を務めたこともあるフランシス・ハイアットが最高サステナビリティ責任者の役職に就任して、リスクマネジメントの一環としてグローバルな気候問題への対策に乗り出し、従業員と投資信託販売代理店と顧客を対象に、サステナビリティ関連のソリューションを推進している。また、世代間とジェンダー間の公平性に関するプログラムも導入している。ハイアットは、長い目で見た従業員の安全と成功も、自社のサステナビリティ戦略の一部であることをすべての従業員に周知すべく努めている。

 要するに、リバティ・ミューチュアルの最高サステナビリティ責任者は、自社の人事関連の活動すべてを、サステナビリティと地球を守る取り組みの一環として統合する役割を負っている。

 ここに挙げた3つの有力企業に共通することは、人的資本への投資をサステナビリティの文脈に位置づけると、以前に増してその重要性が高まると認識していることだ。これらの企業は、その認識にそれぞれ別々に行き着いたのである。

 あなたの会社でもこのようなアプローチを採用すべきだと考えた場合は、どこから手をつければよいのか。EUの「企業サステナビリティ報告指令」の下で新たに詳細な情報開示が求められるようになれば、企業のリーダーたちは、温室効果ガスの排出に始まり、自社および納入業者や取引先企業のジェンダー間の賃金格差に至るまで、さまざまな問題に対処しなくてはならなくなる。新しい規制の導入に向けた時計の針は前に進み続けている。企業のリーダーは、できるだけ早期に、サステナビリティを自社の事業活動の柱に据えるべきだ。

 ここで必要とされるのは、可能な限りすみやかに自社の人事部門とESG(環境、社会、ガバナンス)部門を連携させ、「人間のサステナビリティ」に関する指標と戦略をビジネス上の目標に取り込むことである。それを実現させるためには、人事部門、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)部門、ESG部門のトップ、さらには財務部門、法務部門の代表も集めたチームをつくり、「人間のサステナビリティ」関連のプログラムを設計しなくてはならない。

 そして最終的には、これらの点に関する目標を年次報告書などのステークホルダー向けのメッセージにも記すべきだ。そうすれば、この種のプログラムを自社の戦略の中核的要素と位置づけることができるだろう。

 コンサルティング大手のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)が最近行った調査によると、多くのCEOは、2024年、気候リスクが自社のコストとサプライチェーンに影響を及ぼすと予測している。しかし、そのような認識を持っているにもかかわらず、調査対象者であるCEOの60%は人員削減を計画しておらず、80%は賃金の引き下げを考えていない。優秀な人材を確保しておくことの重要性をよく理解しているためだ。

 このようなデータは、「人間のサステナビリティ」が企業の成長戦略において無視できない要素になっていることを浮き彫りにしている。投資家は近い将来、損益と並んで、企業のウェルビーイング関連の取り組みの達成度を、会社全体のパフォーマンスを評価するための重要指標と考えるようになるだろう。

 自社がEUの新しいサステナビリティ関連の法制度に直接的な影響を受けないとしても、これまで別々のものとして扱われてきたDEIとパーパス、そして人材開発関連の取り組みを、「長い目で見た自社のサステナビリティ」というくくりのもとで統合することの重要性は理解できるだろう。それは、未来を犠牲にすることなく、現在のニーズに応える手立てでもある。そのようなサステナビリティのための活動であれば、筆者は必ず支持したいと思う。


"Sustainability Is About Your Workforce, Too," HBR.org, September 15, 2023.