給与ベンチマーキングの活用方法
質の高い給与ベンチマークは、給与額を市場の中央値に近づけるよう雇用主に促し、ベンチマークの利用者は従業員の定着率向上による恩恵を得ることが、給与データで示されている。では、給与のベンチマークを入手して活用するには具体的にどうすればよいのだろうか。
給与のベンチマークにはさまざまな種類がある。政府が作成したものもあれば、コンサルティング会社のクライアント向けに限定されたものもある。また、匿名の従業員から収集したデータもある。
たとえば、米国政府は企業と各世帯へのアンケート調査をもとに、6桁のコードで構成される職業分類に対して、業種や州ごとの平均収入を毎年発表している。これらのデータは代表性が高いが、発表の頻度が低く、需要が多い役職単位の情報よりも集計の粒度が大きい。
一方、複数の大手コンサルティング会社は、クライアントの給与集計データへの独占的アクセスを提供している。そこでは各社独自に標準化した役職名を用いる場合が多い。
ごく最近においては、
給与のベンチマーキングが企業にどう使われているのかをより深く理解するために、筆者らは米国人材マネジメント協会(SHRM)のメンバーにアンケート調査を実施した。給与設定を担当する人事マネジャー2085人という多数のサンプルから回答が寄せられた。このサンプルには、公共および民間部門のあらゆる規模、州、業種の組織が含まれる。このデータを補完するために、ADPのクライアントをサンプルとして追加で調査を行い、給与設定を担当する人事マネジャー720人から回答を得た。
雇用主は、給与のベンチマーキングをさまざまな目的で使っている。例として、回答者の54%は新規採用者の給与を決める際に用いる。その他の一般的な用途として、給与交渉(53%)、特定の役職の給与範囲の設定(90%)、求人広告用の給与の設定(41%)などがある。
雇用主が給与のベンチマークを参考にする頻度も異なる。たとえば、一部の雇用主はすべての新規採用者に対してベンチマーキングを行う(37%)。その他の回答者は、一部特定の新規採用者や役職についてのみ行うことを選んでいる。
使用するデータソースも、雇用主によって異なることが調査データで示されている。最も人気の選択肢は業界調査を利用することで、回答者の68%が選んでいる。とはいえ、コンサルティング会社を使ってこれらの調査をさせるのは非常に高額かもしれず、その調査データが期待に添うものになる保証はない。
自社に潤沢な予算がない場合は、2番目に人気の選択肢も試してみるとよいだろう。グラスドアのような、無料のオンラインのデータソースだ(回答者の58%)。最近では、給与サービス会社のデータが人気を博しており(回答者の23%が利用し、最も急速に増えている情報源)、データ品質の面では費用対効果が最も高いかもしれない。
ただし、大半の雇用主は複数のデータソースの組み合わせを用いている。回答者の過半数は無料のオンラインソースを参照するが、人事担当者らは、その他の情報源のほうが信頼性は2倍高いと回答した。
労働市場の動向は、急激に変化する場合がある。コロナ禍以後の世界ではなおさらだ。ベンチマークを毎日チェックする必要はないが、少なくとも時折はチェックするとよい。その情報にも有効期限があることを覚えておこう。
また、雇用するすべての役職について市場動向を調査する時間の余裕はないかもしれない。とはいえ、自社の事業にとって最も重要となる役職については、少なくともデューディリジェンスは必ず行うべきだ。
ベンチマーキングのツールを使う際には、情報が多すぎると感じるかもしれない。ツールによっては給与の中央値だけでなく、平均値、
目の前の状況次第で適切なアプローチは異なるが、筆者らの調査では明らかな選好がいくつか存在する。ほとんどの企業(89%)は、給与の市場中央値か市場平均値を見ることを選び、最も人気のフィルターは業種(87%)と州(84%)である。
筆者らは調査回答者に対し、給与ベンチマーキングに関する秘訣と助言を共有してもらう機会を得た。
一部の回答者は、肩書き情報のみに頼るのではなく職務記述書にも注意を払うことで、適切にマッチするよう努めることを推奨した。別のマネジャーは、可能な限りベンチマークを定期的に確認し、労働市場の最新動向を把握しておくことを提案した。あるマネジャーは同様の姿勢で、従業員が低い給与に不満を抱いて訴えてくるまで待つのではなく、先を見越しておくべきだという。そうしなければ離職率が上がるリスクが生じるためだ。
結論として、給与の透明性をめぐる改革の広がりによって、企業は競合他社の給与についてさらに詳しく把握できるようになっている。新しく良質な情報源が、給与設定の慣行に変化をもたらしているのだ。
筆者らの最新の調査によれば、市場における給与の動向を把握し、それらの情報源の活用法を理解することは、最終的な人材定着率と給与コストに影響を及ぼしうる。そして社会的な観点から見ると、これは企業間の給与格差の縮小につながっている。
編集者注:2023年10月19日に初出記事を修正し、ADPのサービスを受ける企業と従業員の数を訂正した。また、給与情報を収集するADPなどの企業は、データの匿名化と機密情報の保護に向けさまざまな手段を講じている。このことを明確にするための変更も行った。
"Why Your Organization Should Use Salary Benchmarking," HBR,org, October 10, 2023.