「従業員の給与水準」を企業はいかに適正化すべきか
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サマリー:米国の透明化政策により、公正な給与慣行への関心が高まっている。これを受け、適切な報酬を決定するための戦略がますます求められている。カギとなる解決策が、給与のベンチマーキングだ。これは、市場の集計データ... もっと見るをもとに競争力のある給与を設定する方法で、企業が適切な給与水準を見つけ、従業員の獲得と維持を支援する効果がある。 閉じる

給与ベンチマーキングのメリット

 米国の複数の州における最近の透明化政策をきっかけに、職場での公正な給与慣行に対する注目が高まっている。たとえば給与履歴照会禁止法は、雇用主が求職者に報酬や希望給与額の報告を義務づけることを防止する法律だ。これを受け、適切な報酬を決定するための戦略がますます求められている。

 カギとなる解決策は、給与のベンチマーキングである。すなわち、競争力のある給与水準を設定するために、市場の集計データを用いるという方法だ。

 給与の設定では、バランスを取ることが求められる。市場よりも高すぎる給与を提示するのは、無駄につながるので避けたい。一方、市場より低い提示額では、働き手の獲得、維持、動機付けが難しいかもしれない。雇用主はどうすれば、最適な給与水準を見出せるのだろうか。

 筆者らは最近の研究で、給与ベンチマーキングの必要性を浮き彫りにする理論モデルを開発した。このモデルでは、企業は求職者がどれほどの価値をもたらすのかを正確に把握しているものとする。企業はその価値より低い金額を提示して、価値の一部を利益として確保したいと考える。

 では、提示額をどれほど下げるべきだろうか。低ければ低いほど、より多く節約できる。だが低すぎれば、求職者を他社に奪われるリスクを冒すことになる。相手はオファーを断るか、オファーを受け入れた後にすぐ離職するかもしれない。

 したがって、企業がより積極的な金額を提示するか否かは、企業が求職者の市場価値をどう考えるかに大きく左右される。つまり、他社がその求職者に支払ってもよいと考える金額はいくらか、である。

 ここで給与ベンチマーキングの出番となる。企業は、似たような従業員たち(例:同じ業種の同じ役職にある人たち)が受け入れた提示額に関するデータを用いて、市場の水準に照らして自社の提示額が低すぎないか、または高すぎないかを確認できるわけだ。

 筆者らの研究ではさらに、給与ベンチマークへのアクセスは、企業が設定する給与に著しく影響を及ぼすことを示す経験的証拠も提示している。これは、米国最大の給与処理会社であるADPとの協働で実施した。同社は100万社以上にサービスを提供し、米国の従業員6人に1人の給与を処理している。

 給与サービスに加えて、同社は給与明細の記録をもとに、給与データを給与ベンチマークの形式で集計している。クライアントは探したい役職名で給与を簡単に検索できる。これは最も高度なベンチマークツールの一つであり、多くの有名企業が利用している。

 筆者らのデータは、このツールが最初に導入され運用が始まった2015年末から、2020年のコロナ禍初期までをカバーしている。サンプルに含まれるのは、ツールにアクセスした「処理」企業584社と、ツールにアクセスしなかったが、処理企業群と似た特徴を持つために選ばれた「対照」企業1431社である。筆者らは処理企業がベンチマーキングツールにアクセスした直前と直後での給与の推移を調べ、それを対照企業における同時期の給与推移と比較した。

 すると、次の結果が判明した。企業の選ぶ給与額が、同じ役職、業種、州における給与の中央値から近い範囲(5%以内)に収まる場合、その給与設定は「適切」であるとしよう。企業がベンチマーキングツールにアクセスする以前には、「適切」な給与を設定する確率は11.6%であった。ツールにアクセスした後、「適切」な給与を設定する確率は22.1%に倍増した。

 この結果は、これらの給与ベンチマークが実際に給与設定に影響を及ぼし、役職単位での給与が企業間で同水準に収れんする原因となっていることを示す有力な証拠である。

 また、給与ベンチマーキングの影響は極めて対称的であることも判明した。企業はベンチマークを調べた後では、おそらく無駄になるからという理由で、市場の相場を著しく上回る給与を支払う傾向が低くなる。だが、市場の相場を著しく下回る額を支払う傾向もまた低くなる。従業員を獲得し、維持して動機づけるコストが高くなるからだろう。

 銀行の窓口係や受付係といった、業務が標準化されている職種については、平均給与の緩やかな増加を示す証拠が見られた。このグループを昇給させることを選ぶ雇用主は、その見返りに何かを期待しているに違いない。たとえば、市場の相場まで引き上げて従業員をつなぎ留め、悩ましい離職コストを削減することなどである。

 筆者らの研究では、給与のベンチマーキングによって従業員の定着率が向上することが示された。これらの職務の従業員は平均給与が約6%増加し、その後の12カ月における定着率は約16%上昇していた。