わずかな改善は、企業を消滅させる最も危うい戦略である
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サマリー:テクノロジーの進歩によりビジネスモデルが急速に変化するこの時代、従来のリスク管理の知識ではとても太刀打ちできなくなっている。筆者は、安全策を取ることが実は最もリスクの高い選択であると主張する。本稿では... もっと見る、小売企業の例を挙げ、「臆病な変革」を選んだ企業と、効果的に方向転換してその運命を回避した企業を比較し、不確実性の高い時代に企業が取るべき行動を紹介する。 閉じる

安全策が最もリスクの高い選択肢である

 これまで優れた企業リスク管理とは、多くの研究や入念な分析、そしてよく練られた実施計画の完璧な実行を意味した。事業の最適化と継続的改善に大きな重点を置くことは、非常に賢明な策だった。だが、いまは違う。

 現在は、デジタルディスラプション(デジタル技術による破壊的イノベーション)が容赦なく続くように感じられ、変化のペースは劇的に加速している。しかも多くの場合、直線的にではなく、急カーブを描いて加速している。さまざまな分野で、まったく新しい競合企業(エアビーアンドビーやネットフリックス、シーイン、テム、オープンAIを考えてみるとよい)が、どんどんパワフルになるコンピュータや機械学習、そして売り手と買い手を結びつける新しい方法といった新しいテクノロジーを活用して、まったく新しい価値の源泉を生み出し、その価値を獲得している。慎重に動きすぎた多くのブランドや、変革のペースが遅い多くのブランドは、その業界で無視できる存在になるか消滅するリスクを劇的に高めている。

 フランスの広告大手ピュブリシス・グループの元最高デジタル責任者で、Restoring the Soul of Business(未訳)の著書であるリシャド・トバコワラは、私たちが過去30年間に3つの「コネクテッド時代」を歩んできたと語る。それはeコマースからスマートデバイス、5G、仮想現実(VR)、クラウド、そしてAI(人工知能)まで、私たちがお互いにつながる方法や、ビジネスをする方法を変えてきた。しかも、私たちは生成AIがもたらす変革のインパクトをまだ体験し始めたばかりだ。

 現代の世界は、大量の選択肢やアクセス、情報にあふれ、ショッピングのフリクション(購入プロセスを遅らせたり、複雑にしたり、追加料金を課すような障壁)は縮小するか消滅しつつある。昔の企業は、実用的なプロダクトを提供していればよかったが、もはやそのような商売に甘んじることはできない。そのことは、ウーバーやリフト、グラブによって、伝統的なタクシーのビジネスが根底から覆されたことからも明らかである。「十分よい」サービスでは、もはや十分ではないのだ。そして、この深遠なシフトを前にして、従来の商品をわずかに改善したものを提供する戦略(かつて「無限の漸進主義」と呼ばれた)を取ることを考えていては、失敗する可能性が高まるばかりだ。

 変化が常に起こり、しかも加速している時、これまでやってきたことをわずかに改善して続けていくのは安全策だと感じられるかもしれないが、実のところ、それは最もリスクの高い選択肢であることが多い。

新しい「イノベーションのジレンマ」

 組織は、破壊的テクノロジーや反乱分子との競争のリスクを過小評価しがちだという認識は、新しいものではない。クレイトン・クリステンセンは1997年の著書『イノベーションのジレンマ: 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』で、このことを初めて指摘した。変化が加速して、その激しさも増しているいま、イノベーターのジレンマは昔のそれよりもはるかに厄介なものになっている。また、それに対処できなければ、はるかに悲惨な結果を招く可能性が高い。