ステークホルダー資本主義が根づかないのはなぜか
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サマリー:2019年、米国のビジネス・ラウンドテーブルは、株主だけでなく、すべてのステークホルダーに利益をもたらすために会社を導くことを誓う声明を発表した。しかし、実際のガバナンスやCEOの報酬の決定基準は、依然とし... もっと見るて株主利益率を最も重視して設計されている。ステークホルダー資本主義への転換は遅々として進まず、論争は続いているのだ。本稿では、株主資本主義がいまも根強い理由を解き明かし、ステークホルダー資本主義について私たちは何を学んできたのかをまとめる。 閉じる

ステークホルダー重視に転換する現象は起きていない

 2019年8月、米国の有力企業のCEOが名を連ねる財界ロビー団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が「企業のパーパスに関する声明」を発表したことをきっかけに、株主資本主義かステークホルダー資本主義かという長年の論争にあらためて注目が集まった。ビジネス・ラウンドテーブルはそれまで株主最優先の姿勢を取っていたが、方針を転換させた形だった。この新しい声明に署名したCEOたちは、「すべてのステークホルダーの利益のために会社を導く」ことを誓ったのである。

 これでとうとうステークホルダー重視の考え方が勝利を収めたと考えた論者も多かった。しかし、懐疑的な人たちがすぐに指摘したことがあった。CEOがこの声明に署名した181社の企業では、ガバナンスのあり方がまったく変わっていないというのだ。のちに行われた研究が明らかにしているように、そもそもこれらの企業の圧倒的大多数では、ビジネス・ラウンドテーブルの声明に署名するという決定を承認するよう取締役会に求めていなかった

 さらに、これらの企業のガバナンス関連の文書はおおむね、株主価値を自社の究極の目的と位置づけ続けている(ただし、株主以外のステークホルダーの利益に言及する言葉が文書にもともと盛り込まれていた企業もいくつかあった)。加えて、米国の主要な株価指数「S&P500」の構成銘柄である企業ではいまも、CEOの長期のインセンティブ報酬の決定基準として、株主利益率が最も重要な要素になっている。CEOがビジネス・ラウンドテーブルの声明に署名した企業の3分の2は、この中に含まれている。

 こうした指摘を受けて、ステークホルダーの権利拡大を訴える人たちはしばしば、この声明をあくまでも最初の一歩と見なすようになった。米国企業が自社の株主だけでなく、すべてのステークホルダーのために価値を生み出すように転換するまでの道のりはまだ遠い、というわけだ。一方、声明に署名したCEOたちは、いささか煮え切らない態度を取っている。自分たちがすでに実践していることを声明に記したのか、それともこの声明を発することにより、今後進むべき方向を大きく変える方針を宣言したつもりだったのかという点がはっきりしないのだ。

 2024年の夏で、ビジネス・ラウンドテーブルの声明が発表されてから5年が過ぎた。いまも議論は続いており、多くの企業が雪崩を打ってステークホルダー重視に転換するような現象はまだ起きていない。

「ステークホルダー」という言葉自体は、至るところで見られるようになった。すべてのステークホルダーを大切にしていると一般論レベルで主張していない上場企業は、いまやほとんど存在しない。一部の企業は、ステークホルダーたちの懸念に対処するための措置を講じたり、ステークホルダーについての情報が取締役会に届きやすいようにしたり、経営陣が株主以外のステークホルダーの利益(の一部)を推進することを促すための成果目標と(ささやかな)インセンティブ制度を設けたりしている。

 しかし、論争に決着がつくにはほど遠い。株主最優先の考え方は、いまも米国の企業統治のシステムに深く根を張っている。実際、ステークホルダー重視を主張する論者も、みずからの主張の正当性を訴えるために、ステークホルダーを重視することが長い目で見ると株主の利益にもつながると強調することが多い。