味の素はいかに個人の成長を企業価値の向上につなげているか
PHOTOGRAPHER AIKO SUZUKI
サマリー:個人を活かし、組織の成長につなげる重要性を理解している経営者や人事担当者は少なくないが、その実践は極めて難しい。味の素は、2023年にパーパスを設定し、その実現に向けて経済価値と社会価値を共創する取り組み... もっと見るであるASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)に対する従業員の共感、自分ごと化を促す施策を通じて、従業員エンゲージメントを高め、企業価値向上につなげてきた。同社執行役(ダイバーシティ・人財担当)の栢原紫野氏に、個人の成長を組織の成長につなげる味の素ならではの具体的な取り組みについて話を聞く。(聞き手:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長 常盤亜由子、撮影:鈴木愛子)※本記事は、ダイヤモンド社が主催したウェブセミナー「人を活かす、成果を引き出す 組織マネジメント」(2024年9月5日)の特別対談の採録です。 閉じる

パーパスの設定でASV経営が加速

編集部(以下色文字):個人を活かして組織の成長につなげる重要性が叫ばれて久しいですが、一人ひとりの従業員を同じ目標へと向かわせることは非常に難しい課題です。それに対して味の素は、近年、個を活かして組織を成長させてきた企業として認知されています。現在に至るまでには、何が大きなターニングポイントになったのでしょうか。

栢原(以下略):正直なところ、まだまだ足りない部分はあると思います。ただ、創業から115年を迎え、世界130カ国超のエリアと地域において、グローバルのグループ全体で3万4000人の多様な従業員が活躍する中で、個人と会社がともに成長するためにさまざまな取り組みを行ってきました。

 外的要因としての大きなターニングポイントには、かつてコストといわれていた人財がここ数年で人的資本と呼ばれ、人的資本経営の重要性が叫ばれるようになったこと、コロナ禍で人を取り巻く時計の針が先に進み、後戻りできない状況になったことが挙げられます。また味の素グループとしては、2021年に指名委員会等設置会社へと機関変更を行いました。監督と執行を分けたことでよりスピーディに執行を進め、ASV経営をいっそう推進して課題解決に対応すべきだというマインドセットになったことが大きなターニングポイントになりました。

 ASV経営とは、「Ajinomoto Group Creating Shared Value」の頭文字を取った、CSV経営を味の素流に言い換えたもので、社会価値と経済価値の共創を標榜するものです。ASV経営という言葉や方針は、2014年の「2014-2016中期経営計画」からですが、このASVは創業時からの取り組みだったといえます。「うま味」の発見者である池田菊苗博士と創業者の鈴木三郎助は、1900年代当時、「日本人の栄養状態を改善したい」と強く願い、味の素という調味料を通して粗末な素材でもおいしい食事をつくって食べてもらおうと、当社を創業しました。まさに創業の志がASVにつながっているのです。

 ASV経営の重要性は、とてもよく理解できました。ただ、多様な従業員が世界中に広がる中で、トップダウンで号令をかけてすぐに一つのベクトルに向かって動き出せましたか。

 いえ、実はなかなか動き出してはもらえませんでした。当初は、私も含めて、社会価値と経済価値の創出を両立させるという点をなかなか理解できず、どうやって利益を生み出すのか、実現は難しいと思っていました。現場や本社の従業員に対し、さまざまなワークショップも行ってきましたが、浸透には時間がかかり、やっと理解されてきたと実感しているところです。