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世界を変えた3つのアイデア
生理用パッド
生理用パッドについては、(性別に関係なく)あまり考えたことがないかもしれないが、このイノベーションはまったく新しい産業を創出するとともに、世界人口の半分を占める女性の機会拡大に多大な影響をもたらしてきた。今日、先進国ではほとんどの女性が生理用パッドを「あって当然」と見なしている。9歳の少女から50代後半までの月経年齢の女性たちは毎月、生理周期に伴う不便(および不衛生)に対処するために、生理用パッドを使用している。しかし、以前は状況が異なっていた。
近代的な生理用パッドが登場する以前は、この問題と向き合う産業も市場も存在しなかった。代わりに多くの女性は、手持ちの古布やボロ布、さらには羊毛など、市場とは無関係な解決策に頼っていた。これらは往々にして不衛生であり、感染症などの健康問題を引き起こすおそれがあった。そのうえ布は、高い吸収性、浸透を防ぐ裏地、下着にしっかり固定する方法を欠いていたため、ともすると不快感を伴い、使用時にずれ、シミ、漏れが目立つという「アクシデント」を引き起こした。これに伴う気まずさを避けるため、女子生徒は毎月の生理期間中はしばしば登校を差し控え、数日間は不登校となっていた。
これらすべてが変わったのは、生理用パッドの非ディスラプティブな市場が創造されたときである※注1。生理用パッドのお陰で、女児は安心して学校に通いスポーツをすることができるようになり、女性は働いて家族を養いやすくなった。生理用パッドは月経サイクルに伴う羞恥心や不安を取り除いた。女性の自由度を飛躍的に高め、キャリアや教育、さらには健康面の展望を開くのに、大きく貢献したとさえいえるかもしれない。社会善と経済善が、この新しい産業と密接に関連していたのだ。生理用パッド業界は今日、年間220億ドル超の収入を上げている。
比較的最近になってアルナーチャラム・ムルガナンダムが、インドの農村部の女性向けに生理用パッドのまったく新しい市場を開拓した。インドの農村部は特殊な状況にあり、たとえ夫婦間であっても生理の話題を持ち出すのは今なお大きな社会的タブーであり続けている。ムルガナンダムは非常にシンプルな小型の生理用パッド製造機を開発し、村々の女性たちに直販した。女性たちは製造した生理用パッドを地元の他の女性たちにみずから売る。ムルガナンダムの機械の恩恵により、これまでに農村の女性たちが営利目的のマイクロビジネスを約5300も創出し、非常に厄介な流通チャネルの障壁を乗り越えた。
さらに重要なのは、インドの人口の半分に影響が及びながらも、かつては誰も口にしなかったタブーが克服されたという事実である。この種の機会は、いまだ世界の多くの地域に存在している。私たちが当然視していることが、世界の他の地域では当然ではないかもしれない。そして繰り返しになるが、ムルガナンダムが創出した市場は、非ディスラプティブで巨大なものだ。2億人以上の女性(米国の女性人口を上回る)が暮らすインドの農村部には、既存の類似商品は存在しなかった。
マイクロファイナンス
次にマイクロファイナンスを考えてみよう。約40年前には存在もしなかったこの産業は、今日では数十億ドル規模に達している。マイクロファイナンスは、現在もなお7億人近くを数える世界の極貧層の暮らしを変えるのに役立ってきた。つまり、1日数ドル未満、それどころか1ドル未満で生活する人々が金融サービスから排除されてきた長い歴史に、終止符を打ったのである。
この業界を創造したのは、バングラデシュのチッタゴン大学で経済学部長を務めていたムハマド・ユヌスである。ユヌスは大学の講義で巨額の資金について論じていた。しかし、極めて深刻な飢饉がバングラデシュを襲い、無数の貧しい人々が路上で亡くなる姿を目の当たりにした後、極貧の根底をなすものを突き止めようと心に誓った。
彼は、極貧は自身が経済学の講義で説いていた内容、あるいは人々の怠惰や愚かさとは何の関係もないのだと悟った。テーブルも椅子も窓も水道もない、土の上に建つ一部屋だけの小屋の中で、勤勉な人々が床にしゃがみこみ、竹でスツールを製作したり、バスケットや布団を編んだりといった複雑な作業を何時間も慎重にこなしながら、かろうじて生きていけるだけの収入を得ているのを知った。
極貧層はあまりに収入が少ないせいでまったく貯蓄ができず、経済基盤の拡大に向けた投資にも乗り出せない。多くの場合、少しでもお金があればよりよい生活への希望が持てた。しかし、彼らの信用ニーズに応える銀行や金融機関は存在しなかった。既存の銀行は、「貧困者は借り手としてふさわしくない」と見なして無視するだけだった。
これを変えたのがマイクロファイナンスである。1983年にユヌスは、世界初のマイクロクレジット銀行であるグラミン銀行を正式に設立し、貧困者に少額の融資を行った。マイクロクレジットは、長いあいだ見過ごされ対処されずにいた問題を解決することで、従来は資本提供を受けられずにいた人々に、新しいマイクロビジネス、新規雇用、より高い生活水準、そして希望を生み出す道を開いた。
こうした非ディスラプティブな動きを受けて、マイクロファイナンスという新しい市場が他の産業に取って代わることなく誕生した。以後マイクロファイナンスは数十億ドル規模の産業へと成長し、98%という驚異的な融資返済率を達成する他、将来の成長余地も大きい。ユヌスが述べているように、マイクロクレジットは貧困を根絶することはできないかもしれないが、多くの人々の貧困を解消し、他の人々の貧困を和らげ、誰にとってもより公平で豊かな未来を築いている。
『セサミストリート』
続いて、エルモ、ビッグ・バード、そして愛らしいクッキー・モンスターを取り上げたい。世界がこれら素敵なマペットたちと出会ったのは、未来を担う子供たちにまったく新しい機会をもたらした『セサミストリート』をとおしてである。
このテレビ番組は米国で始まり、まず西欧や他の先進諸国、次いで発展途上国へと広まっていった。現在は米国、アフガニスタン、日本、ブラジルなど、150を超える国々の子供たちの助けになっている。セレンゲティ国立公園(タンザニア)の中心部や、最近では難民キャンプの子供たちのもとにも届いている。
子を持つ親の大半が知るとおり、『セサミストリート』は未就学児に数の数え方、色や形の名称、アルファベットの見分け方を教える。それだけでなく、互いに親切にし、違いを受け入れ、衝動を抑え、集中する方法をも示す。とはいえ何より素晴らしいのは、子供たちが愛くるしいマペットや歌と出会えるこの番組を大いに楽しみ、自分がどれほど多くを学んでいるのか気づきもしない点である。もっとも親はそれを心得ており、だからこそ自分たちもこの番組を愛好しているのだ。多くの人が連想する教育とは180度異なる『セサミストリート』は、幼い子供たちを教育すると同時に、引き込み、楽しませている。
『セサミストリート』は幼稚園、図書館、あるいは親による就寝前の読み聞かせに取って代わったのではない。むしろ、それまでほとんど存在しなかった就学前のエデュテインメントという非ディスラプティブな市場を解き放ち、子供たちと学習のためのまったく新しい機会を創出したのである。今日、未就学児を対象としたエデュテインメントは数十億ドル規模の産業となっている。そして『セサミストリート』は史上最も成功した最長寿の子供向けテレビ番組となり、エミー賞に189回、グラミー賞に11回も輝いている。
私たちは何を学べるのか?
私たちが「非ディスラプティブな創造」と見なすようになった概念には、3つの際立った特徴がある。第1に、生理用パッドのように、科学的な発明やテクノロジー主導のイノベーションをとおして実現する。ただし、マイクロファイナンスのように、科学やテクノロジー主導のイノベーションがなくても、また、テレビという既存テクノロジーを活かして未就学児向けのエデュテインメント業界を創造した『セサミストリート』のように、既存のテクノロジーを新たに組み合わせたり、応用したりすることによっても、実現できる※注2。M:NIのダニエル・ベルカーが述べているように、「M:NIは、個々の部分は以前から存在していたが、ハードウェア、ソフトウェア、ウェアラブルといった技術的な要素が新たな方法で組み合わされることにより、生み出された」のである。
第2に、非ディスラプティブな創造は特定の地域や社会経済的階層に限定されない。先進国市場であれ、BOP市場であれ、世界のどの地域にも適用できる。『セサミストリート』、生理用パッド、M:NIはいずれも、最初は先進国で、先進国のために創造された※注3。片やマイクロファイナンスやインドの生理用パッド製造機は、BOP市場において、当初はBOP向けに創造された※注4。
非ディスラプティブな創造の機会は、世界のあらゆる地域に存在する。また、地域の社会経済ピラミッドのあらゆるレベルに存在する。矯正用メガネや生理用パッドが当初は社会経済的地位の高い人々に向けたものであったのに対し、マイクロファイナンスやインドの生理用パッド製造機は低階層向けであった。このコンセプトは私たちすべてに開かれている。
第3に、非ディスラプティブな創造は、まったく新しいイノベーションと同義ではない。まったく新しいイノベーションは、ディスラプティブと非ディスラプティブ、どちらでもあり得る。既存のプレーヤーや市場に取って代わることなく、まったく新しい市場、雇用、力強い成長を生み出した、ムルガナンダムの機械を考えてみよう。この機械は、対象市場においては新しく、非ディスラプティブだった。
ところが同じ機械を、生理用パッドを市場で容易に入手できる先進的な地域で販売したなら、ディスラプティブであり得る。従って、ムルガナンダムによる非ディスラプティブな創造が新しいイノベーションであるのは、特定の地域においてなのだ。これとは対照的に、『セサミストリート』はまったく新しいイノベーションの具体例である。なぜなら、『セサミストリート』が開拓した未就学児向けエデュテインメント産業は、すべての国や地域において非ディスラプティブだったからである※注5。
以上が意味するのは、非ディスラプティブな創造とは、科学的発明や技術的イノベーションそれ自体、まったく新しい製品やサービス、あるいは特定の地理的市場や社会経済特性とは異なるものであり、これらと混同すべきではないということである。この点については、本書『破壊なき市場創造の時代』の全体をとおして論じていく。非ディスラプティブな創造は、「既存の産業の外側における、あるいはそれを超越した、まったく新しい市場の創造」と普遍的に定義できる。なぜなら他でもない、新規産業は既存産業の垣根の外で創造されるからこそ、ディスラプトされて立ち行かなくなる既存の市場や企業は存在しなかったのだ。図1-1に、非ディスラプティブな創造の定義と、3つの際立った概念的特徴を示す。

図1-1
図1-2は、非ディスラプティブな創造によって生まれ得る機会の幅広さを簡潔に示すことにより、図1-1を補足する。ご覧のように、非ディスラプティブな創造の適用範囲は特定の社会経済的属性には限定されず、地域の社会経済ピラミッドの頂点から底辺まで、どのレベルでも起こり得る。このように適用範囲が広いからこそ、非ディスラプティブな創造はすべての人に関係するのである。

図1-2
『破壊なき市場創造の時代──これからのイノベーションを実現する』
[著者]W. チャン・キム、レネ・モボルニュ
[翻訳者]有賀裕子
[内容紹介]「勝者総取りゲーム」が雇用や社会を脅かしている。だが、既存の業界を破壊せず、外側にまったく新しい市場を創造する「非ディスラプティブな創造」は実現可能である。これからの世界に必要なのは、経済善と社会善の両立を目指すイノベーションである。「ブルー・オーシャン戦略」チャン・キム&レネ・モボルニュの新境地。
※1 売り手と買い手の正式な市場取引を通して提供されるソリューションと、生理用の汚れた布のような非公式または市場外のソリューションを区別することは重要である。生理用パッドの恩恵により、少女たちは月経時にトウモロコシの殻や古い布切れを使用せずに済むようになったが、このことと、革新的な製品やサービスが既存の産業やそこに属する企業を駆逐する場合に起きる市場のディスラプションは、混同してはならない。インフォーマルないし市場外のソリューションしか存在しない問題に市場ソリューションを提供すると、既存の市場に取って代わらずに成長を実現できる。実際、多くの非ディスラプティブな創造は、このようにして起きる。
※2 すでに述べたように、科学的発明やテクノロジー主導のイノベーションは非ディスラプティブな創造を起こすことができるが、自律走行車vs一般の自動車や、ほとんどの治療に用いるアセトアミノフェンやイブプロフェンvsアスピリンの科学的発明のように、ディスラプションをもたらす可能性もある。これらは非ディスラプティブな創造と混同されるべきではないし、互換性もない。
※3 同じことはバイアグラ、男性用化粧品、3Mのポスト・イット・ノート、携帯電話のアクセサリー、ライフコーチング、ペットのハロウィーン・コスチュームなどにも当てはまる。
※4 C.K.プラハラードは影響力のある著書『ネクスト・マーケット』において、どうすれば世界で数十億人に上る最貧困層からなる新たな市場を構築し、そこから利益を得ると同時に、貧困の緩和にも貢献できるかを説いている。プラハラードの著書が非ディスラプティブな創造に関するものではないのは明白だが、本書で例示されている新市場のいくつかは偶然にも既存業界の外側に創造されたため、非ディスラプティブな性質を持つ。同様にクリステンセン、オジョモ、ディロンは、これまで製品やサービスの対象外だった貧困層のために市場を創造するイノベーションが、フロンティア市場においていかに持続可能な繁栄への道であるかを示した。言うまでもなく、これらの研究は非ディスラプティブな創造に関するものではない。ただし、非ディスラプティブな創造が新興国に与える潜在的な影響の大きさを示唆しており、筆者らの研究と関連している。C.K. Prahalad, The Fortune at the Bottom of the Pyramid: Eradicating Poverty through Profits, Upper Saddle River, NJ: Wharton School Publishing, 2010.(邦訳『ネクスト・マーケット』英治出版、2005年。増補改訂版、2010年)を参照。Clayton Christensen, Efosa Ojomo, and Karen Dillon, The Prosperity Paradox: How Innovation Can Lift Nations Out of Poverty, New York: Harper Business, 2019.も参照されたい。
※5 まったく新しい製品は非ディスラプティブな場合もあるが、タクシー業界にとってのウーバーやフィルムカメラ業界にとってのデジタル写真のように、ディスラプティブな事例も存在することに注意。これに関連して、サフィ・ベッコール著のLoonshots: How to Nurture the Crazy Ideas That Win Wars, Cure Diseases, and Transform Industries, New York: St. Martin's Press, 2019. を、非ディスラプティブな創造と混同したり、非ディスラプティブな創造を論じたものと見なしたりすべきではない。ルーンショットはディスラプティブと非ディスラプティブ、どちらにもなり得るのだ。