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事業拡大で重要なのは「速さ」ではなく「いつ」行うか
目まぐるしく変化するアントレプレナーシップの世界では、事業拡大の機会をつかむのはいつなのか、待つべきなのはいつなのかを知ることが成功を左右するようだ。スタートアップの成功に向けた競争において、スケーリング(規模拡大)のアプローチとして勝利するのは、「速く猛烈に」なのか、それとも「ゆっくり着実に」なのか。
シリコンバレーでは、ビジネスを急速に拡大すること、つまり迅速なスケーリングが、世界的な牽引力を獲得し、市場で確固たる地位を確立するための最も効果的な戦略の一つとして注目されていると多くの人が主張している。リード・ホフマンとクリス・イェは、2018年の著書『ブリッツスケーリング』の中で、スピードこそが今日の経済において最も重要な優位性であると論じており、フェイスブックやウーバーなどの企業は、迅速に規模を拡大し、競合他社を打ち負かして市場を支配したスタートアップの成功例となっている。
しかし、残念なことに、この「速く猛烈に」のアプローチは、数多くの企業を失敗に導いてきた。たとえば、グルーポンの急成長は、取引の長期的な持続可能性を批判的に評価する余裕を与えず、最終的に大きな打撃を招いた。掃除代行のホームジョイやペットサービスのバルーなどは、新市場の重要な実験を怠り、自社製品を顧客のニーズに合わせるという決定的なプロセスを見落としたため、失敗に終わった。
これに代わるアプローチが、「ゆっくり着実に」進む方法だ。ゆっくりしていると競合他社を優位に立たせるという意見もあるが、忍耐強く、戦略的に成長のタイミングを計ることで、大きな成功を収めた企業もある。2013年に創業し、2018年にはアマゾン・ドットコムに買収されたオンライン薬局のスタートアップ「ピルパック」を例に挙げよう。2013年にハッカソンのマサチューセッツ工科大学(MIT)ハッキング・メディスンから登場した同社は、大規模な実験を経て、テックスターズのアクセラレーションプログラムに参加し、製品デザインではIDEOとコラボレーションをした。ニューハンプシャー州の試験店舗でアイデアを検証した後、2016年に大規模なスケーリングに着手し、全国規模の採用、プラットフォーム「PharmacyOS」のローンチ、1億ドルの収益達成を実現した。このように、ピルパックの成功は、慎重な時機の選択と体系的な実験に根差していた。
これらの相反する事実を考慮すると、スケーリングのタイミングは非常に重要であるものの、それを把握し、研究するのは困難であることは明白だ。この認識から、筆者らはある問いに行き着いた。「スタートアップはいつ規模を拡大すべきなのか」というものだ。
早期のスケーリングのリスク
筆者らは最近の調査で、バーニング・グラス・テクノロジーズとクランチベースの大規模データを分析した。それには米国で創業したスタートアップ3万8217社が2010~2019年に掲載した求人情報630万件も含まれた。筆者らは、一般的にスタートアップがスケーリングを開始する時は、増加する従業員を調整し、顧客基盤を拡大するために、最初のマネジャーと営業担当者を採用することを発見した。
この洞察から、これらの2つの役割の最初の求人情報を使って、スタートアップがスケーリングを開始したタイミングを捉えた。分析の結果、早期(創業から1年以内)のスケーリングは、失敗のリスクを20~40%高めることが明らかになった。この失敗のリスクは、オンラインショッピングモールなどに代表され、買い手と売り手などをつなぐツーサイドプラットフォーム企業で特に顕著だ。しかし、スタートアップ企業がA/Bテストによる実験を取り入れると、失敗の可能性を高める早期スケーリングの影響が減少することもわかった。
では、スケーリングの速度と実験、失敗の関係性を左右するものは何か。それは、すべてのスタートアップが対処しなければならない極めて重要な力である「コミットメントリスク」だ。スケーリングには、たとえそれが完全に洗練されていなくても、アイデアや戦略、製品にコミットすることが必要だ。このコミットメントに潜むリスクは、スタートアップがコンセプトを完全に練り上げる前に特定の方向性に固執し、時期尚早に規模を拡大することで高まる。