元ミュージカル・スターのサーカス団長

 サーカスの団長(リングマスター)以上に、リーダーシップのシンボルとしてふさわしい存在は想像しがたい。団長といえば、猛獣や団員たちの指揮を取り、見事なムチさばきによって無秩序を秩序に変える、さっそうとしたキャプテンのイメージが浮かんでくる。

 団長の役割は、これまで苦労の末に任ぜられるものだった。サーカス団のオーナーがこれをやらない場合、曲馬チームのチーフ・トレーナーがこれを務めた。すなわち、団長は、そのサーカスのなかでいちばんウマに詳しい人──若い頃は曲馬師であり、ウマの世話のベテラン──だった。

 しかし、リングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・サーカス[注1]の138周年公演を背負って立つチャック・ワグナーはそうではない。彼は、新しいタイプの団長である。ミュージカル・スターでもあるワグナーは、このショーにブロードウェー流の華やかな演出を持ち込んだ。

 彼にすれば、舞台からサーカスへの転身はエキサイティングであり、けっしてやむをえずの選択だったわけではない。

「全国ツアーに出た頃は、家出してサーカス団に潜り込んだような気持ちでした。実は、そのとおりなんですけどね」とワグナーは言う。

 サーカスを観に来て、ノスタルジー漂う昔ながらの見せ物を期待しているならば、その様変わりにおそらくムッとすることだろう。

 リングリング・サーカスの公演は、並外れたスケールをたえず追求してきた結果、創設者のフィニアス T. バーナムが想像すらできなかったであろう、ハイテクを駆使した壮大なショーへと進化を遂げている。

 HBR編集部では、ワグナーの2つの立場を両立させる、つまり同サーカスの伝統を尊重しながら、革新性を高らかにアピールする方法に、ビジネス・リーダーが学ぶべき点があると考えた。