巨大組織を短期間で改善したリーダーは何をしたのか
San Francisco Chronicle/Hearst Newspapers/Getty Images
サマリー:2019年、カリフォルニア州の車両管理局(DMV)は旧態依然のシステムと縦割り組織により混乱していた。州知事のギャビン・ニューサムは改革のため、IT業界出身のスティーブ・ゴードンを起用した。巨大組織を短期間で... もっと見る改善する難題に挑んだゴードンは、現場を直接視察し、迅速な改革を実現したという。本稿では、スタンフォード大学のチームが行ったこの改革に関する研究を通して、古き悪しき習慣や体制に囚われた組織を改革するための成功要因を紹介する。 閉じる

古い習慣や体制で制約のある組織を動かすには

 2019年当時、カリフォルニア州の車両管理局(DMV)はひどい有り様であった。就任したばかりの州知事ギャビン・ニューサムは、DMVの対応に来所者が「憤慨している」とコメントした。運転免許証の更新のような単純な手続きにさえ数時間かかることもあった。システムが古く、自動化できるような手続きでも、わざわざ窓口で行わなければならなかった。また局の縦割り組織や、はびこる不信が連携と改革を妨げていた。第一線で働く職員は、やる気を失い、苦しんでいた。

 その年、ニューサムはDMVを改革するために、長年IT企業の幹部を務めたスティーブ・ゴードンを採用した。目的は、オンラインサービスの拡大、支所のサービス向上、職員の士気向上である。この仕事を引き受けた時、ゴードンはDMVが危機的状況にあることを知っていた。それは、問題含みの統計や報道からだけでなく、みずから訪問した際の実体験からでもあった。まだ仕事を引き受けるかどうかを考えていた頃に訪れたサンノゼ支所では、受付開始時間の午前8時より2時間も早い午前6時にすでに長蛇の列ができていた。ある男性などは、待ち時間が長くなることを見越して、折りたたみ椅子を持参していた。

 ニューサム率いる州政府は、ゴードンがこの問題だらけの複雑で大きな機関を広範囲にわたって改善することを期待した──それも短期間で。非常に難しい注文である。なぜなら、DMVは職員1万人、支所180カ所、年間予算13億ドルの大所帯であり、カリフォルニア州の免許保有者は2700万人、登録車両は3600万台に上る。DMVをスピーディに立て直すために1回限りで2億4200万ドルの予算が上乗せされ、ゴードンのチームにはさらにプレッシャーがかかった。

 彼らはその挑戦を受けて立った。

 筆者の2人(ラオとサットン)は、これまでの8年間を「フリクション(摩擦)プロジェクト」に捧げてきた研究者である。プロジェクトでは、組織のリーダーが正しいことをやりやすく、間違ったことをやりにくくするにはどうすればよいかを解明しようとしている。そのため、ゴードン率いるチームが短期間でDMVの問題を修復したことに興味をかき立てられた。そこで、スタンフォード大学のケースライターであるマイケル・ロスコフおよびスタンフォード大学経営大学院の素晴らしいメンバーとチームを組み、ゴードンとDMVの人々の協力を得て、ケーススタディ「スティーブ・ゴードン──DMVにおける“交通渋滞”の削減」をマルチメディア制作した。このケーススタディは無料でダウンロードできる。

 大きな組織──特に、古き悪しき習慣や体制、財政や法、政治上の動かせぬ制約に縛られた──の変革を指揮することについて、ゴードンのチームから学んだことで本が一冊書けるほどだ。本稿では、チームがどのようにしてこれほどまでに素早く、大きくDMVを改善することができたのかに注目する。一つには、ゴードンが就任早々、ある極めて非効率な行動を取ったことが奏功した。それは、「ぶらぶら動き回る」(wander around)ことである。

新ボス、DMVの全180支所を視察

 危機的状況に陥っていたDMVを迅速に改善するという大きなプレッシャーを抱えていたゴードンは、それまでのリーダー職で行っていたように、「100日かけて現状を把握」している余裕はなかった、と筆者らに語った。チームは、時代遅れになっていた技術のアップデートと来所者体験の改善にすぐに取りかかったという。

 しかしゴードンは、ある重要な時点で大幅なペースダウンをした。最初の数カ月の間に、DMVの180支所すべてを訪問し、車の走行距離は約5万マイル(約8万キロ)に上った。つまり、オレゴン州境近くのクレセントシティ支所も、そこから約850マイル(約1368キロ)離れたメキシコ国境近くのチュラビスタ支所も訪問したということだ。ゴードンは、30分から1時間の訪問の間に、自分が来所者と職員の負担を軽減しようとしていることを説明し、職員に問題の特定と解決策の提案を求めた。