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ステークホルダーを軽視することの代償
我が社にとって何が最も重要な利益かは、我々が一番よく知っている──。そのように考える経営幹部が、ステークホルダーに相談することをやめたり、一時的であれ重要情報を伝えなかったりすると、どうなるか。多くの場合、よくない結果に終わる。
世界で最も権威あるゴルフツアートーナメントの米PGAツアーについて考えてみよう。
2023年、PGAツアーCEOのジェイ・モナハンは、2人の取締役とともに、サウジアラビアの政府系ファンドであるパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)との提携を画策した。それ以外の取締役をはじめ、PGAツアーの主要ステークホルダー(選手、スポンサー、放送局、ファン)への相談は行わなかった。
この動きは大きな驚きとして受け止められた。それまでの2年間、モナハンは、PIFが独自のゴルフツアー「LIVゴルフ」を立ち上げることを軽視していた。また、2001年の米同時多発テロ事件へのサウジアラビアの関与を理由に、LIVと協力しないことを公然と、そして道徳的に正当化してきた。それにもかかわらず、2023年6月6日にモナハンは突然、PIFの総裁とともにゴールデンタイムにテレビ出演し、PIFがPGAツアーに数十億ドルの投資をする非公式の合意がまとまったと発表したのだ。後日の公式発表によると、この協力関係は「最高の選手による最大限の興奮とゲームを提供するビジネスモデルから、すべてのステークホルダーが恩恵を受ける」ことを保証するという。
長年にわたり、PGAツアーの経営陣と取締役会は、多様なステークホルダーの利益を調整し、一部のステークホルダーがみずからの利益のために、他のステークホルダーの利益を踏みにじることがないよう、難しい均衡を保ってきた。ところが、PGAツアーの最もパワフルなステークホルダーである選手たちが、PGAとPIFの交渉で自分たちの声が無視されていたことに気づいた時に取った反応により、従来の難しい均衡が崩れ、PGAツアーのビジネスモデルがダメージを受ける危険が生じた。
まず選手たちは、取締役会の過半数を選手の代表が占めるよう経営陣を説き伏せて、自分たちの承認がなければ計画を進められないようにした。また、トーナメントの賞金(その一部はスポンサーが負担する)を大幅に引き上げさせた。これは、それまでに一部の選手が、PGAツアーの道徳的スタンスを理由に、LIVゴルフからの数百万ドルの誘いを断っていたことに起因する。一方、スポンサーはPGAツアーとの関わりを縮小した。契約期間を短縮したスポンサーもあれば(金融大手ロイヤル・バンク・オブ・カナダは、それまでの複数年契約を単年度契約に切り替えた)、PGAツアーとの関係を断つスポンサーもいた(米金融ウェルズ・ファーゴとファーマーズ・インシュランスは、それまで10年以上スポンサーを務めていた)。
このため、何十年もかけて構築され、成功していたPGAツアーのビジネスモデルは崩壊し始めた。PGAとPIFの協力発表から1年半以上が経ったいま、男子プロゴルフ界はかつてないほど分裂しているように見える。ステークホルダーの反発ゆえに、PGAとPIFはまだ最終合意にも至っていない。
ステークホルダーを蚊帳の外に置いて重要決定が下されるケースは珍しくない。有名なのは、2007年のマイクロソフトによるオペレーティングシステム(OS)「ウィンドウズ ビスタ」のリリースだろう。この時、マイクロソフトは、ライバルに先を越されることを恐れて、ビスタの詳細を重要なステークホルダーに知らせなかった。ビスタを快適に使うためには、それまでのOSで使っていたのよりも高性能なPCが必要だった。ところが、マイクロソフトがその情報をPCメーカーにきちんと知らせていなかったため、メーカー側は十分な対応ができず、「ビスタを入れたら動作が遅くなった」という苦情が殺到することになった。