意思なき経営は一貫性がなく感情に左右されやすい
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サマリー:経営の意思あるところに経営の道は開ける。そのために必要なのは、体系的なアプローチであり計画性である。そうでなければ感情に左右され、行き当たりばったりとなり、ぶれてしまう。マッキンゼー・アンド・カンパニ... もっと見るーの土台を築いたマービン・バウワーが1966年に上梓した、今なお世界で読まれている伝説の経営書『マッキンゼー 経営の本質』(ダイヤモンド社、2004年)より、一部を抜粋し紹介する。 閉じる

毎日の仕事と経営の仕事

 事業を経営することと業務上の判断を下すことが、まったく別物であることは、だれしも認めるだろう。後者は、上はCEOから下は現場主任までマネジャーならだれでもする仕事である。だが地位が上がるにつれて、経営の仕組みを整え改善することが、次第に重要な任務となってくる。たとえば職長や地区担当のセールス・マネジャーであれば、勤務時間の9割を日常業務のなかのさまざまな決定に費やし、残り1割で担当チームをどう経営すべきかを考えるだろう。だが年商10億ドル規模の会社のCEOともなれば、業務上の判断に充てる時間は3割、会社全体の経営に充てる時間が7割になる。

 ここで、中西部の会社の例をもう一つ挙げよう。年商10億ドルの大規模な会社だが、同社のCEOは、ほとんどの時間を下から上がってくる問題(事業部の予算や新工場への投資など)の決裁や各事業部の業績評価に費やしていた。投げかけられる問題の処理に追われ、自分から問題に取り組む時間がほとんどないため、全社的な経営にほとんど目が向かない。たとえば同社には業績不振の事業部が2つあったが、その抜本的改革をCEOは何度も先送りしていた。彼が業務上の判断に費やす時間の比率は、中間管理職なら適切だったかもしれない。しかしこのCEOは、やるべき仕事の重要な部分を怠っていたと言わざるを得ない。

 経営幹部ならだれでもそうだが、特にCEOは、経営の仕組みを組み立て、定着させ、改善する責任がある。自分のところに上がってきた問題を処理する、部下を選抜する、部下のした仕事を評価あるいは調整する、部下を指導する……といった仕事に没頭しているだけでは、責務を完全に果たしたとは言えない。こうした仕事は、CEOの任務のうち日常業務的な部分である。もちろんこれらも大切だ。大切だし、おもしろいし、やり甲斐もある。だがそのせいで、CEOがすべきもう一つの大事な仕事--経営--が侵食され、押しのけられてしまう。自分が果たすべき2つの役割に気づき、経営に携わる意思を持った経営者だけが、時間やエネルギーや知恵を注いで経営の道を見つけようとする。

 この重要なポイントを強調するために、もう一つのエピソードを紹介しよう。ある冬の午後、私はある業界大手企業の社長兼CEOのオフィスにいた。一日の終わりが近づき、彼は何か考え込む風だった。「あなたはもうお気づきだろうか。実は私は平社員からここまで出世する間に、社長になるのはどういうことか、一度も教わったことがない。それどころか役職者の心得といったものも、だれも教えてくれなかった。教えられたのは、その時々に仕事をどうするかということだけだった」。

 要するにこのCEOは、経営のやり方を何一つ教わっていないのである。仕事の決断を下し部下をやる気にさせるといった面では彼は大変優れており、会社は堅実に売上げを伸ばし、シェアを拡大し、利益を上げている。だが本当ならもっと業績を上げられるはずだと彼にはわかっていた。決定を下すことはたしかに重要だし、部下を動かすことも大切だが、それ以上の仕事が自分にはあるはずだと本能的に気づき、経営の仕組みをつくって運用することが自分の任務であると感じ始めていた。このCEOは自ら経営の意思を培い、よりよい経営の道に近づきつつあったと言えるだろう。

 以上をまとめてみよう。事業を経営するとは、単に優れた業務上の決定を積み上げて金銭的な結果を出すことではない。社員全員が会社の目標達成に貢献し成功を実現できるような仕組みをつくることもまた、経営のうちである。エグゼクティブと呼ばれる人たちには、この第2の重要な任務を決して忘れてほしくない。スローンがGMの創業者デュラントについて語った言葉--「事業を興すことには秀でていたが、それを長く運営できなかった」を常に戒めとしてほしい。

計画性のある経営

 このように、経営の意思あるところには経営の道が開けてくる。そして経営の意思を行動に反映させる最善の方法は、組織的、体系的なアプローチであると私は信じている。自分の会社はどんな会社か、自社の事業には何が必要か。それらを見極めて経営陣が自社にふさわしい経営のシステムをつくり上げ、毎日の業務のなかで着実に実行していく。これが、組織的な経営である。

 経営システムとは、事業計画、投資判断、業績評価など、互いに影響を及ぼし支え合う経営プロセスの集合体である。プロセスはシステムの構成要素として組み合わせて活用され、システムは大きな方針や原則の枠組みとしてプロセスをしっかりと結びつける。システムの下で一つひとつのプロセスの機能は高められ、大きな成果に結びつく。こうして、1+1が3にも4にもなっていく。

 何か目安や拠り所がある時のほうが、社員は力を発揮しやすい。何をすればいいかがわかっているので、ひたすら指示待ちをしなくていいからだ。経営のシステムが社員全員にはっきり理解され、会社の方針や規則が終始一貫している時、社員は目的に向かって生産的に仕事に取り組む。

 システムとして経営が行われている会社では、さまざまな経営プロセスが一つの目的に向かって働く。こうした経営スタイルの根本にあるコンセプトをごく簡単な言葉で表すとすれば、それは、「計画性のある経営」ではないだろうか。計画性のある経営が最大限の効果を発揮するためには、関与するすべての人がシステムを理解し、プロセス同士のつながりを把握しなければならない。特にマネジャーと名のつく人は、地位の上下を問わずプロセスを理解し、それぞれが単独でどんな働きをし、またシステムの一部としてどんな意味を持つかを知っておく必要がある。プロセスは計画的な経営を成り立たせるシステムの要素であって、たとえば事業計画によって定められた目標が、人事評価の基準になるように、あるプロセスの効果が他のプロセスによって増幅されることもあれば、その逆もありうるからだ。

 統合的なシステムの下に会社が経営されていれば、その場しのぎの決定や場当たり的な判断が入り込む余地は小さくなる。もっとも、いくらその会社に適した経営システムが構築されたとしても、行き当たりばったりの決定が皆無になるとまでは言えない。だがシステムがしっかりしていれば一貫性のある方針が定められるので、思いつきで下される決定の数は非常に少なくなるはずだ。ある決定が他の決定を支え、また支えられもするといった具合に、一つひとつの決定や行動が目標達成によりよく貢献するようになる。

 このように、経営の意思と経営のシステムは、車の両輪のごとく働いて成功の可能性を高める。経営の意思はシステムを整える決意につながり、システムは意思を具体的な行動に変え、行動は意思をいっそう強めていく。急成長を遂げたある企業の有能なCEOが「我々は会社を自分たちの手で動かそうと決心し、そのために経営システムをつくった。それ以外の方法では到底ここまでにはなれなかっただろう」と言ったのは、まさに当を得ている。

経営の意思を阻害するもの

 計画性に欠ける経営スタイルには、2つの大きな欠点がある。第1は、経営プロセスがはっきり決まっていないことである。そのため当然ながら、社員がプロセスを理解して実際に活用することは望めない。意思決定や行動の指針となるべきものが存在しないのでは、社員に一貫性のある行動を期待するのはどだい無理というものだ。

 第2は──こちらのほうが重大だが──あるプロセスと別のプロセスとのつながりが理解されていないことである。たとえばある方針なり組織なりの変更を検討する時に、会社や事業部の目標達成に役立つのかどうかが考慮されない。方針や組織の変更を決定しても、その理由がきちんと社員に説明されない。またある方針を変更すれば他に影響が出ることがわかっているのに十分検討されない、といったことが頻繁にある。

 要するに計画性のない経営は、首尾一貫せず感情に左右されやすい。原理原則がないため裁量的で不明朗であり、有能な人間──彼らは自分の権限を知り能力を発揮したいと願うが、不当な権力を手にしようとはせず、特別扱いも求めない──が正しく評価されない。また、社員が従うべき方針や手順も不備である。経営の意思が欠けていると、このような経営になる。

『マッキンゼー 経営の本質』  

[著者]マービン・バウワー
[監訳]平野正雄[翻訳]村井章子
[内容紹介]経営とは何か。いかにすれば企業は成長するか。経営の原点とも言える根源的な問いに、今日のマッキンゼーを築いたバウワーが、それは「経営の意思」だと明解に答える。世界最高のコンサルティングファームを築いた男が1966年に書き残した伝説の経営書The Will to Manage の翻訳。時代の変遷を超え、いまなお通用する経営の真髄がここにある。
[目次]
監訳者まえがき
序章
第1章 経営の意思──意志あるところ道あり
第2章 経営理念──これが我々のやり方だ
第3章 戦略──我々はこの道を進み、こう戦う
第4章 行動方針・基準・手順──行動と戦略を結びつける
第5章 組織──人々を束ね、力を発揮させる
第6章 経営幹部──会社の宝を育てる
第7章 事業計画・業務計画とコントロール・システム──道順を決めるシグナルを設置する
第8章 計画から実行へ──社員を動かす
巻末注

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